第二十七話
「うむうむ、揚州牧争奪戦は吾等が一歩抜きん出ておるようじゃな」
孫堅が亡くなったことで貢献者であった吾の評価が少し下がっておったから不安であったが劉表が静観するという情報が流れると揚州の豪族達も動きが乱れてきたのじゃ。
気持ちはわからんでもない。現在の揚州はすごく不安定なものとなったからのぉ。
今までは劉表という後ろ盾があったから豪族達は烏合の衆なりにまとまり、経済の屋台骨である吾等の商会が撤退してボッキリ折れた状態でもなんとかなったのじゃが、州牧争奪戦から降りた劉表のくそじじぃがそんな無駄を続けるわけもなく、打ち切ったことにより大騒ぎになったおる。
と言うか以前から農民による反乱があったが、今も鎮圧されずに継続中じゃし……と言うか本格的にミニ黄巾の乱的な感じになっているのじゃ。
これはとっとと州牧を決めねば吾達にも被害が及ぶ可能性が……というか実際もう影響出ておる。
賊の発生で難民が発生し、荊州にいくらか流れてきておる。そしてその難民を賊が襲っておるのじゃ。
吾の領地に侵入しようとは恐れを知らぬ愚か者め。
「とりあえず賊退治には最近酒の飲み過ぎで太り気味の孫策を向かわせるか、功績を積めば独立の手助けにもなるじゃろうし」
実は孫家を独立させる方向でも視野に入れておる。
よく考えると孫家は天下を望むより揚州を守ることを重視しておる。ならば揚州をくれてやれば吾と敵対する要因はかなり少なくなるはずじゃ。
独立を手助けしてやれば恩で縛ることもできるじゃろうしな。
「むぅ……それにしても孫策を抑えられる副将向きな者がおらんな」
なんというか……孫策の使い難いのぉ。
バトルジャンキーで血に酔い、直感で動くから副将に困る……副将にしたらもっと困りそうじゃ。
大将なら即断即決突撃!でも勝てばある程度問題ないが、副将でそれをやられると大将の責任問題になるからのぉ。
孫策を馬鹿にし過ぎかもしれんが、日頃の行いとまだ見ておらん(バトルジャンキーの)実力を考慮しておくべきじゃろ?
それにしても戦闘でしか使えぬのに戦闘でも扱いが難しいとは。
副将……程立や郭嘉では孫策を抑えられぬじゃろうし、関羽は合いそうにないし、楽進ならば性格は問題にならんが覇気に呑まれて大変じゃろう。
魯粛、紀霊は別の仕事があるし、何より副将にする意味が無い。
七乃は……論外じゃろ。
となると原作の孫呉メンバーである甘寧じゃが……原作では孫権の配下であっただけあって生真面目じゃからのぉ。現在は吾の客将であるから主筋ですらない孫策とは関羽と同じぐらい合わなさそうじゃ。
うーん……もう監督官を付けるだけにして孫家の者達だけで出撃させるかのぉ。周瑜と黄蓋がおるんじゃし負けることはなかろう。
いや、一応楽進と程立も出てもらうか、吾の兵達を孫家に任せるとどんな扱いされるかわからんからな。
それに孫家を使い潰しているように思われるのも心外じゃしな。
「賊退治如きにこれほど考えねばならんとは……」
本当は安定して運用できる関羽や楽進に任せれば問題ない。しかし人材運用にはバランスが大事じゃからな。
あまり偏った運用をすれば不平不満が溜まってトラブルの原因になるからの。
「よし、とりあえず賊対策はこれでよいとして……さて、次は揚州牧は誰に任せるかが問題じゃな」
まぁほぼ吾の中では決まっておるんじゃがな。
その者の名は袁遺伯業じゃ。
吾の従兄で、五つほど年上で随分早くから頭角を現し、就職も早かったからあまり面識はないが史実では曹操が凄い評価をしておった人物で袁紹の力で揚州牧に任命されたのはいいが、吾に権力争いで敗北して部下に裏切られて死んだ優秀なのか優秀じゃないのかようわからんやつじゃな。
この場合、史実の吾が優秀じゃったと思っておくとしよう。
一応事前に身辺調査を行い、情報をまとめて見たが……なんというか、ガッチガチの役人というイメージじゃ。
頭がいいのは間違いないが思考に偏りがある……まぁストレートに言うと頭でっかちなんじゃが……じゃがお固いだけあって仕事も真面目にする。ただし定時で上がる。
勉強が好きで休みの日は自室で読書とポエム創作に精を出すインドア派でアウトドア派(脳筋武官)を嫌う。
ちなみに袁家の量産型(モブ)は大体こんな性格をしておる者が多いが、更に性欲と金欲が何倍も足されるから袁遺はまだマシな方じゃろうな。
母上や袁隗ばあちゃん、吾や袁紹ざまぁなどが特別なんじゃ。
「とっとと決めれば良かろうに……業突く張りの有象無象の意思統一に時間が掛かるとは……袁隗ばあちゃんも年かのぉ」
そういえば袁紹ざまぁを当主に、という勢力が出来ておるらしいが……まさかそれに押されておるのか?ありえるのぉ。
袁紹ざまぁの方が神輿兼傀儡には最適じゃろうが……自分達が好き勝手すれば破滅しか待っておらんことを理解できん低能が多過ぎて困るのじゃ。
よし、こちらから人はやれんが物は送れるのじゃ。蜂蜜を……あ、この前受領拒否されたんじゃったか。
妥協してこの前大量購入した翡翠でも送っておくかの。ついでに金も倉庫一つ分送っておくかの……まぁ後でこの支援を期待して袁隗ばあちゃんが引き伸ばしておったことを知ったんじゃがの。
やはり中央は魔物が住んでおるのじゃ。
「ああー、さっぱりしたわ♪」
……孫策が肌を艶々で痩せておるな。そんなに人殺しが楽しいのかのぉ。理解できんな。
吾も人を殺すことは当然あるが、それほど軽く扱ったことはないぞ。
そして、孫策とは真逆で周瑜や黄蓋をはじめ楽進や程立まで何歳か老けたかのようにゲッソリしておるな。
まさか周瑜だけでは収まらず楽進達の貞操まで?
「疲れました……なんで孫策さんはあんなに我がま——自由なんでしょうか」
「ZZzz」
「うちの主がすまん」
「本当にどうしてこうなったのじゃ」
……具体的な話は出てこんが、とりあえず皆大変だったようじゃな。
楽進の声色からして貞操は無事そうじゃな。……あ、でも周瑜の顔色が特に悪いのはやはりそういうことかのぉ?
それにしても程立は凄く寝苦しそうにしておるのは珍しいのぉ。
「被害報告と戦果を聞こうかの」
「えー、ちゃんと報告の使者を出したでしょ」
なんかストレスがなくなって開放的になりすぎておらんか?
「雪蓮!……申し訳ありません。私から報告いたします」
討伐に出向いたのは孫家百名、袁家五百名。
そして被害は総数で死者二十名、負傷者八十名ほど、討伐した賊は五百ほどらしい。
ふむ、まだ新米の孫策にしては上々かのぉ。
「そして孫策さんの独断専行が三度もあったんですよー」
あちゃー、やっぱり御しきれなかったか、困ったやつじゃ。
「幸い、いい方向に転がったからいいようなものですが、さすがに三度ともなると軍規に関わります」
楽進はいい結果が出たから責めづらそうに言う。
うむ、結果良ければ全て良しではいかんからのぉ。それでは規律が保てん。
というわけで——
「孫策には三ヶ月禁酒じゃ」
「よし、反乱の準——」
「ん?何か言ったかの?」
「「いえ、空耳かと存じます!」」
周瑜と黄蓋が孫策を口を塞ぎ、拘束して冷や汗を流しておる。
「うむ、納得してくれて嬉しいぞ。ああ、それと戦死者の家族には戦死手当を渡す決まりがあるので魯粛に報告するようにの」
「……ハッ、ありがとうございます」
ふっふっふ、周瑜が一瞬悔しそうな目をしたの?どうやらわかっておるようじゃな。
本来なら報酬とは吾→孫家→孫家の兵士という順に渡されるものじゃ。そうすると孫家の兵士達は孫家に感謝と忠誠を捧げるじゃろう。
しかし、南陽では戦死した者の家族に戦死手当が支払われる制度がある。
つまり吾から孫家の兵士へ直接手当を支払うことになるとどうなるか、吾と孫家の格の違いを魅せつけられるということじゃ。
吾が渡す戦死手当が孫家のそれを下回る?ありえんじゃろ。むしろ孫家の手当は端金となるな。
そうなると吾等の方に靡く者も出てきても不思議ではなく、アッという間に諜報員の完成じゃ。
それに周瑜は気づいた。しかし断るわけにはいかんのじゃから苦しいのぉ。
身内が戦死した家族はなんと思うか……それを考えれば断ればどうなるか……それこそ孫家が分解してしまうじゃろう。
吾ながら悪どい一手じゃなぁ。
死亡フラグを折るには戦争や争いなんぞせんでもいいじゃろ。金持ちケンカせず、昔の人は良いこと言ったのぉ……もっともこの諺がいつ出来たのかは知らんがの。
「ついでに蜂蜜も渡すからの!期待してたも」
「ありがとうございます」
周瑜以外はなぜかげんなりしておるがなぜじゃ?
……というかもしや周瑜は蜂蜜信者となったのかや?!
(全部は食べられんが甘味を食べると仕事が捗る……それに余った分は売れば資金になる)
これは厳選して渡さねばならんな!初めての信者になってくれるやもしれんのじゃから!
全く、なぜこれほど蜂蜜が広まらぬのじゃ。皆甘い物が好きじゃろうに。
程立は偶に蜂蜜の飴を食べておるようじゃから嫌いというわけではないのじゃろうが。
……ホットケーキを流行らせて蜂蜜の需要を増やすか?しかし庶民に手が届くほどではないしのぉ。
まぁ食堂で出して地道に信者を増やすかの。