第二百七十九話
「劉備様、どうしますか?」
諸葛亮や鳳統を始め、趙雲、法正などの幹部や北郷攻め派、袁紹攻め派が議論を飛ばし合い白熱したが決着がつかず、結局は劉備の判断となった。
二つの侵略派は理論で固めて抵抗する諸葛亮達に口では勝てないことを自覚していて徹底的に政策で経済に改善が見られないということや集めた軍をこのまま解散させてしまえばただただ財政を消費しただけという結果になること、そして打開策はあるのかということを全面に押し出して抵抗した。
そしてその盾を突破する矛を用意することができず、諸葛亮達は敗北に近い形で劉備に判断を委ねた。
「でも北郷さん達は同盟してるんだよ。それに袁紹さんにもいっぱい助けてもらってるし……」
劉備の心情としてはどちらも義理や人情的には攻めたくない。
本人に自覚があるのかどうかは知らないがそもそも大義がなく、みんなを笑顔に、という志が原動力である以上、理由なき争いは内部は劉備自身の価値を失落させる可能性が高いのでその迷いは正しいものだ。民にとって良いことかどうかは別問題だがここは置いておく。
そして劉備はしばし沈黙し、考えを巡らせ――
「北に行こう」
と言った。
「それは北郷攻めということでよろしいですかな」
「違うよ。もっと北だよ」
北と言えば北郷の領地があるので北郷攻めかと色めき立ったが、劉備はそれを否定した。
「では……まさか漢中ですか?」
漢中は五斗米道の総本山であり、医学の源泉であることから一応は漢王朝に属するがほぼ五斗米道の領地のような特殊な場所である。
そこを敵に回すとなったら医学界から総スカンを食らうことになる。それはこの場にいる全員が賛同しかねるものだが……それは劉備も同じなので首を振って否定する。
「もっと北だよ」
「となると涼州ですか、確か北郷のところに馬家の残党がいたな。うまく立ち回れば大義は立つか?」
「いや、董卓は正式に涼州牧に任命されているはず、それを攻めるとなると我々は逆賊ということになるだろ」
「それに北郷は袁術と敵対しているのだから後任に選ばれる、なんてことにはならんだろう」
攻める大義はあっても後が続かないという意見でまとまった……が――
「違うよ」
またしても劉備が否定をする。
「……それでは何処のことでしょうか」
「それは……羌族さん達だよ!」
羌族、それは涼州の北と東を支配する騎馬民族の総称である。
「なるほど、異民族相手なら問題ありませんな」
「それに彼らは貿易を盛んに行っているという話ですし」
「いやいや、貿易品でなくても彼らの馬だけでも相応の価値があるでしょう」
侵略派の面々の反応は良好だ。ついでに言えば趙雲も若干嬉しそうである。
もっとも彼らは思い描いているものは違う。
趙雲は久しぶりの武を試す場があるかもしれないという期待、そして侵略派
反して顔色が悪いのは文官勢だ。
それはそうだろう。羌族のいるのは涼州の東、つまり漢中を越えての大遠征ということになる。
しかも――
「し、しかし、桟道の再建がまだな現状では遠征は難しいかと」
漢中は一種の特殊地帯であるため通り過ぎるだけならまだ可能だろうが、そもそも漢中に繋がる桟道が再建できていないので遠征は無理――
「それなら確か北東に道があったよね?」
劉備が言うように桟道とは違う道が存在する。
しかしそれは――
「そ、それでは往復だけで一年近く掛かってしまいますよ?!」
本当に小さな道である上に桟道ほどではないが険しく、そして何よりかなり遠回りな道で軍を動かすのにはかなりの時が必要であった。
その間の兵站はどうするのか、その財源は何処から確保するのか、文官勢は頭痛どころか吐き気まで感じた。
ちなみに――
(その程度で音を上げるとは軟弱な奴らじゃのぉ)
という幻聴が聞こえたとか聞こえなかったとか。
「ついでにその道も開拓しちゃおう!あ、言っておくけど戦うのはちゃんと話し合ってからだからね?姜維ちゃんなら言葉もわかるだろうし」
一年以上軍の兵站を維持するよりは難しくないが、現在の財政状態では五十歩百歩でしかないのだが――
「わかりましゅた。にゃんとか頑張ってみましゅ!」
まだ未来に繋がる道だと諸葛亮は請け負うことに決めた。
それに残された選択が北郷攻めと袁紹攻めであり、北郷は軍が精強で勝敗に予測がつかず、袁紹の方は会議中に諸葛亮の手元に届けられた一通の手紙によって不可能になった。
まだ公表していないが、その手紙は孫策からのものだった。
(まさか袁紹さんに何かあれば孫策さんが袁紹さん側に付くなんて……絶対勝てないです)
袁術から正式に孫策へ有事の際は袁紹の援軍に出るように要請が出されたのだ。
もしこれに理由なく逆らえば孫策は解任され、それでも居座れば袁術は討伐に動くことになる。
それを避けるには要請を受け入れるのが手っ取り早い。
しかし、孫策は劉備を斬り捨てたわけでもなく、こうして前もって忠告の手紙を出したのだった。
(それにしても袁術さん達の情報収集能力は凄いのでしゅ。私達の動きがもう伝わっているなんて……)