第二百八十六話
「美羽……あの子、私に喧嘩を売ってるのかしら?」
ついこの前、美羽が風邪を引いていた時には心配していた華琳が打って変わって怒りで震えている。
それもそのはず、いい加減復興や道の整備などやることは星の数ほどあるというのに更に幽州、并州北部を闊歩する烏桓の討伐まで追加されたとあっては当然の怒りと言える。
もっとも美羽にも言い分がある。
そもそも他の何処よりも人材が充実していて仕事量が少ない(ブラック企業基準)のだから当然の対応とも言えた。
ただし、黄巾賊や反袁術連合という戦いを経験している華琳ではあるが国境から離れた内陸であることから異民族との戦いには疎いことを考えれば無茶振りには違いないが。
「おのれ美羽!華琳様の手を煩わせるとは何を考えている!」
「いつもどおりといえばいつもどおりですけどねー」
何気に官位が高くて最近は華琳と離れ離れだったので久しぶりに会えて嬉しさと美羽の不敬に対して怒りを表すという器用なことをしている隣でいつもどおりの眠たげな表情な風がぼやくように言う。
「しかし朝廷からの命令である以上、拒否はできませんね」
「ああ、そうだな。そもそも軍を動かしたくないのに逆らって軍を動かす理由を作っては本末転倒だろう」
内政という戦争にどっぷり漬かっている稟と秋蘭はどちらに転んでも結局は仕事が増えるという現実にため息を漏らす。
「幸い兵站は幽州牧の公孫賛、并州牧の劉虞様が担っていただけるそうです」
兵站とは食料だけではなく、武具や野営に使う消耗品などを総称したものだ。それを負担するというのは公孫賛や劉虞の負担を軽減するという目的にしてはその重要度からして軽減できているのか微妙と感じた。
しかし、実際のところ公孫賛、劉虞が一番負担を強いられていたのは前線に騎馬隊を張り付けておかなければならないことだった。
輸送こそ自分達の手配だったが軍需物資は美羽によって支援されたおかげで潤沢だった。……まぁそれも美羽達の書類を増やすことになったのだが。
だが、問題は騎馬隊……正確に言えば馬だ。
元々騎馬隊の馬は長期運用はあまり向いていない兵種で、人を乗せて駆ければ駆けるほど馬への負担が増大する。
烏桓が跋扈しているのは広い草原が多いため、見つけても鬼ごっことなることがほとんどで戦果は芳しくない。
一応李典製長弓で、烏桓の短弓よりも遠い射程で数は減らしてはいる……がそもそも騎乗で長弓を使える者が限られていて数が揃えられないので効果的ではないのだ。
「それに私達をその場しのぎに使おうってのが気に食わないわね」
華琳の軍は華琳の意向もあって他の一般的な軍よりは騎馬隊は充実している。だが、それは他と比べれば、であって涼州、幽州、并州に比べればどうしても数も質も劣る。
つまり、華琳達に今回求めているのは討伐と言いつつ、追い回して、もしくは襲われて迎撃して疲弊させること……と戦術的に言えば聞こえはいいが、現実的には有効的な戦術が思いつかないからテキトーに流して、という意味なのだ。