第二十八話
「孫策はどうしてくれよう」
想像以上のじゃじゃ馬っぷりじゃな。
打ち合わせ通りに進まぬのが戦というものじゃが、敵が予想通りに動いたにもかかわらず作戦を無視した突撃、しかも少数で、じゃ。
せめて数を率いてならまだ良いんじゃが精鋭とはいえ少数で動かれると他の部隊の者達が察知に遅れてしまう。今回は支障がなかったがいつも今回のようにうまくいくとは限らん。混乱が生じて敗北はないにしても被害が大きくなる可能性がある。
もう少しちゃんと教育せねば……ん?
「もしや戦の経験がない、のか?」
そういえば初陣を済ませれば吾に会わせると孫堅は言っておったな。しかし吾と会ったのは孫堅が死んでからじゃ。つまり、今回が初陣?
「……初めての戦なら仕方ないのぉ。今回は大目に見るとしよう」
しかし、もう少し躾をせねば使えんのは変わらんか……むぅ、熟練した武官が紀霊しかおらんのが問題じゃな。
楽進や関羽、甘寧などは才能も力もあるが経験と実績がないからのぉ。武官の層の薄さは吾等の弱点と言えるじゃろう。
孫家の範囲で見ると本来ならその役割は黄蓋が務めるべきなんじゃが……黄蓋もどちらかというと脳筋寄りじゃからなぁ。周瑜の苦労が目に浮かぶのじゃ。
「む、伏竜鳳雛は隠れてしもうたか……この二人と程立、郭嘉、周瑜、そして吾の資金力があれば天下なんて簡単に取れたであろうに……残念じゃ」
と言うか、あの二人……武芸の心得がないのになぜ二人で旅しておるんじゃ?
そこら中賊だらけというわけではないが、少なくもないし、そもそも村自体が犯罪集団だったりするこの世の中じゃぞ?その中を女子二人、しかも子供に見える体型の者が旅をするとは……ちと甘く見過ぎではないか。
……いや、違ったか。伏竜鳳雛と評したのは本人達ではなく、共におった一人じゃった。なら二人ではなく三人じゃな。残る一人は……モブキャラでなければという前提じゃとまず思い浮かべるのは徐庶かの。水鏡塾の同門じゃしな。次に諸葛瑾、こちらは諸葛亮の親戚じゃからじゃ。
むう、逃がした魚はギャ○ドスなのじゃ。七乃が拾ってきたのは技を覚えず進化しないコ○キングといったところか……まぁ七乃らしいから仕方ないかの。
「孫権の様子は……」
紀霊からの報告書を手に取る。
ふむ、性格は真面目で柔軟性に欠ける部分があるが堅実、サービス残業も自分から買って出る……本当に孫策とは真反対じゃな。反面教師か?
ただし、真面目さが祟って最近は疲労しておるそうじゃ……蜂蜜を贈っておこう。
武術は非凡ではないながら凡人よりは上で、将としては可もなく不可もなし。
ふむ、使い勝手が良い将となってくれそうじゃ…………って、なんじゃこれは?!お茶入れの修得状況?吾の着物の着付け方?利き蜂蜜?
紀霊、おぬしは本気で使用人に育てる気なのか?と言うか孫権も断ればいいものを……ああ、でも妙に義理堅そうじゃから文句を言いつつも真面目に取り組んでおる光景が見えるぞ。
と言うか利き蜂蜜、なんて羨ましい!……でも使用人に必要なスキルか?
「それは毒が混入されていないか、産地偽装をされていないか調べるために必要なことです」
「なるほど、だから試食の時にハズレがほとんどないんじゃな……って紀霊?!いつの間に?!」
「この時間はだいたい私が警備をしておりますので安心してお仕事をなさってください」
「ふむ、そうか……ってそうじゃないのじゃ。おぬし、本当に孫権を使用人として教育するつもりなのかや」
「いえ、使用人もできればいいかと思いまして……駄目でしたか」
「グッジョブじゃ!」
「ぐっじょぶ?」
言葉はわからんかったようじゃが褒められておるのはわかったようで安心したようじゃ。
「これから先、私は常にお嬢様のお側にいられるとも限りません。身の回りの世話ができる者が多くいて困ることはないでしょう。護衛には不安がありますが関羽か甘寧のどちらかが正式に仕えることになればそれも解決されます」
思ったより真っ当な理由じゃったな。吾の孫権のメイド服姿を見たいなどという悪ふざけとは大違いじゃ。
確かに紀霊には軍を率いてもらいたいと戦乱がまだ遠い今でも思うことが多い。
しかし、なぜこの人選なんじゃ?懐柔するつもりとはいえ、孫家という獅子身中の虫を懐に入れ過ぎると、いざという時に対処が間に合わなくなるぞ。……まぁ吾の場合獅子というより猫じゃろうが。
「孫策は覇気が強く、英雄としての器はあります。そのうち袁家を踏み台にしようとするでしょう。それに比べて孫権は内向的で思慮深く、何よりその生真面目さ故に恩を掛ければ裏切らないかと。何より孫権がこちらに付くならそれを大儀として利用し、孫家当主の座を奪えば……」
「孫家自体の取り込みも可能になる……いや、取り込みは不可能でも孫家を割ることぐらいはできるか」
ふむ、さすが紀霊じゃな。よく考えておる。
まぁ姉妹で殺し合いなんぞさせたくはないが、孫策が吾を喰らおうとするなら致し方ない。
「ならば吾の見張り役に……いや、駄目じゃな。吾の素ならともかく、演技しておる吾では評価が下がってしまうか」
むぅ、関羽でなかったら逃げ切るのが楽じゃと思ったが、逃げ切って好感度を下げては何をしておるのかわからんしな。
「うむ、ではこれからも紀霊に任せるから頑張ってたも」
「ハッ」
「突撃よ!突撃!お酒の怨みを晴らすのよ!」
「何が酒の怨みだ!自業自得でしょう!守りを固め、敵の陣が崩れるまで耐えよ!」
「雪蓮!出過ぎるな!」
「むぅ、周瑜さんはなかなかやるんですよー。孫策さんの勝手な行動を見事に補ってますねー」
今見ておるのは関羽、程立VS孫策、周瑜の軍事演習じゃ。
五百同士の戦いであるがその戦い方は全く違う。
孫策は攻撃主体……と言うか突撃しかしておらんな。そしてそれを受け止めるように防御をしつつ若干後退して相手の陣を崩そうと計る関羽。
それらを折り込み済みで崩れた陣の隙間を狙う程立……が、それより早く陣を再編する周瑜。
しばらくほんの少しの膠着の後、孫策の突撃は想像より威力があり関羽が率いる部隊が崩れ始める。
このまま孫策に勝たれてはいつまでも猪のままになってしまうぞ。
これは孫策の躾も兼ねた演習なのじゃが……ん?関羽の部隊が崩れたと思ったがあれは……側面から突撃するための陽動であったか。
孫策の部隊が割かれたのぉ。孫策がおる前はともかく、後方の部隊は統率者がおらず蹂躙されておるのぉ。
周瑜も救出に動こうとするが、それを許すほど程立は甘くない。
さすがの孫策も足を止め……ずに突撃を続けておるな。
まぁそもそもの話、孫策と関羽は五百程度の兵士ならば時間さえ掛ければ倒すことができるのじゃから止めようと思えば——
「ハアアッ!」
「ヤアァッ!」
こうなるわけじゃ。
孫策と関羽の一騎打ちが始まった。
「こうなっては演習の意味がないんじゃがなぁ」
「一応程立さんと周瑜さんの練兵にはなってますよ」
吾が鍛え直したいのは孫策なんじゃが……やはり経験がまだ少ない関羽では荷が重たかったか。
……いや、よく見ると……孫家の兵士が強いのか?今回孫策と周瑜が率いておる五百の兵は孫堅の時から仕えておった者達じゃ。
戦を何度も経験しておる兵士相手では実戦経験が乏しい吾の兵士では差が出て当然じゃ。むしろそれで上手く使って優位に進めておる関羽と程立の方が凄いのか。
皆有能じゃのぉ……全員が客将じゃがな!
「そうだ!お嬢様が直々に指導してあげては如何でしょう?」
……七乃、無茶ぶりもほどほどにしてもらえんかの。
吾が孫策に勝てるわけがなかろう。
「ふむ、言い出しっぺの法則というやつを適応させれば七乃も参加することになるが——」
「やっぱりこういうお仕事は紀霊さんか魯粛さんのお仕事ですよね」
うむ、その通りじゃ。
この時、まさか本当に吾が孫策達と演習するとは思いもしなかったのじゃ。