第二百八十八話
「………………」(プルプルプルッ)
これはあれかしらね。私の忍耐力を試しているの。それとも挑発かしら。喧嘩を売ってるならいい値で買ってあげるわよ?
「か、華琳様。お、落ち着きましょう」
「ええ、ええ、心配しないで桂花。私は落ち着いているわよ」
あの普通過ぎて目立たず顔を思い出すのに時間がかかる小娘がこの師走すら上回る騒動の真っ最中に人を貸せですって……。
「今のところ烏桓なんて蛮族よりも純粋な殺意が漲ってくるわ」
「全然落ち着いていませんよ華琳様?!華琳様ならあんな普通女なんて瞬殺できますけど絶対袁術様にせめられますよ!」
「あら、桂花は私と美羽が戦って負けると思っているのかしら?」
「そ、そんなことはありませんけど今回に限っては意味が違います!あの平々凡々女に勝って袁術様がこちらを攻めて来るなら問題はないんです!でも間違いなく華琳様の勝利にかこつけて幽州まるごと放り投げてきますよ!それに袁術様の無茶振りと並行して戦争って改めて考えれば結構無茶ですね?!てかなんで私があんな平均女を庇ったみたいな言動をしなくちゃいけないのよ?!」
「ふふふ、悪い子にはお仕置きが必要ね」
「華琳さまぁ~」
でもね。実のところ一番イラッとしてるのはそこじゃないのよ。
公孫賛がうちの事情を知るほどの情報網を構築できているわけではないのは知っているし、引き抜こうとしているわけでもなく、ただ困っているから助けを求めているということはわかっているのよ。
でもね?
…………報酬が蜂蜜ってのはないんじゃないかしら?!
誰の影響かなんて聞くまでもないけど!むしろ聞いて別人の名前だったら逆に驚くけど!でもここでなんで報酬が蜂蜜なのよ!明らかに嫌がらせじゃない!絶対不良在庫を押し付けるつもりよね?!(公孫賛にはそんな貰い物を更に贈ったり不用品と言ったりしないというかする度胸がない……ちなみに真実は王修と董昭が犯人である)
しかも何がむかつくって蜂蜜を貨幣換算するとちょうどいいぐらいになるのが腹立たしいのよ。これがいい加減な量なら寒い冗談ぐらいで気にしなかったのに……少しだけ。
ハァ……仕方ないから誰か適当に送って――
「失礼します!速達便にて袁術様からお荷物をお預かりしたのでお届けに参りました!」
「ご苦労」
「ハッ、失礼します!」
この時機に美羽から速達で荷物とか嫌な予感しかしないわね。
「さて、何が飛び出すかしらね。鬼か、蛇か、蜂蜜か」
「その三択なら間違いなく蜂蜜かと……私としては新たな仕事の可能性が一番高いと思います」
それが鬼っていうのよ。
いつもの状態ならなんてことはないでしょうけど、軍備を整えながら無茶な内政まで進めているのにこれ以上はさすがに寛容な私でもキレるわよ?(寛容?)
まずは手紙を読んでみましょうか。
『親愛なる華琳ちゃんへ――』
あら、真名で書いているってことは公ではなく私の方なのね。
私も美羽も公的には対立していないけど、潜在的には敵対しているのは共通認識よ。だから公で真名を使うことはない……まぁそもそも普通は日頃から真名を使ったりしないのだけど。
『おぬしを思うて眠れぬ日々を過ごしておる――』
全く、白々しい。貴方はそんなたまじゃないでしょうが。(眠れぬは事実である。理由は別だが)
それからは他愛もないことがつらつらと書かれていて……つっこみどころは多いけど……至って普通の内容だけど、油断は禁物ね。だいたいどこかに落とし穴が用意されて――
『それで本題なんじゃが――』
ほら、やっぱり――
『公孫賛から人材派遣の要請があったじゃろ?できればそれを受け入れてやって欲しいのじゃ』
……この案件、一昨日私の手元に届いたばかりなんだけど、なんで美羽が知っているのよ。公孫賛は美羽を頼れないから私を頼ったって書いてあったからそちら経由ではないわよね。
……美羽、妙なところで私の仕事を増やさないでくれるかしら。
『それで今回送ったのは吾と李典で作った新商品の完成品第一号じゃ。報酬というわけではないが、気に入ってもらえれば嬉しいのじゃ』
もしかしてこちらが本命かもしれないわね。
文面から察するに蜂蜜関係ではなさそうだけど――
『壺に入っておるのは練り香水と名付けた。香水じゃとすぐに香りがなくなったりするじゃろ?それを防ぐために粘度をもたせて香りの持続時間を伸ばし、しかも肌荒れ、面皰(にきび)などの治癒や予防にもなる優れものじゃ』
あら、美羽には洒落たものを作ったわね。
……うん、いいわね。触った感触ではもっとねっとりしたものかと思ったけど塗った後は意外とさっぱりしているように感じるわ。
「良かったですね。華琳様」
「…………ハァ、桂花。公孫賛のところに派遣する人員に陳羣を入れておきなさい」
「え、陳羣さんを抜かれると……わ、わかりました!」
「狙い通りじゃ」