第二百九十話
「わかってはいたが厄介な戦いだな」
拙速を尊ぶ華琳は早急に先陣にして本命である秋蘭を出陣させ、そして現地に到着早々に烏桓と出くわした。
しかし、結果は惨敗。
いや、正確に言えば被害らしい被害はないので敗れてはいない。だが、秋蘭達の目的はあくまで討伐であり、倒せた相手は秋蘭自ら射殺した数人と他を合わせて十数人程度である。
本来なら負けたという表現は正しくないのだが、目的が達成できていないことを差し引いても華琳の軍の中でも精鋭である秋蘭の部隊が出張って一当てした結果というには負けという心境であった。
「逃げ足が速いという話でしたが逃げる判断も早いです。かなり厄介な相手ですね」
個人の武は騎兵にも通じることや副官として秋蘭のと息のあってきた流琉が戦った感想を述べる。
「そうですねー。あの弓もですけど特にお馬さんは面倒ですねー」
軍師として同行したのは風はその眠たそうな様相でいつもどおりの眠たさが増々の声で賛同する。
烏桓などの北側の異民族の馬は漢において高値で取引されている。
それは漢の馬より丈夫で速く、持久力があり……そして馬そのものが攻撃的で乗り手を選び、気に入らなければ殺意を迸らせる蹴りで応えるツンデレさが人気の秘密である。
人間誰しも選ばれた優越感というものには抗えないのだ……ちなみに一歩間違えれば蹴り殺されることがあるので注意が必要だ。
「馬の間合い入ると痛い目に見ますねー」
騎兵を相手にする場合の王道は横一列に盾を構えて衝撃を受け止めるなり流すものが基本だが、異民族の馬はそれを馬自身が打ち破る。
まぁやれば馬自身も何らかの被害が出るため異民族にとって家族に等しい馬にそれほどの無理をさせることは少ない……が、できるのとできないのとではその脅威度が違うので対策を取らざるを得ないので軍師としては頭が痛い話である。
それに加えてその方法でやられてしまえば兵士達は馬を今まで以上に恐れる可能性があり、士気低下に繋がってしまう。そうなればやられた数以上の損害を受けることになりかねないのだ。
「こんなのとやりあっていた公孫賛と劉虞様には同情するな」
「今頃私達が同情されている頃だと思いますよー」
「違いない……風、方策は」
「最初は包囲殲滅を考えましたけどー、あの様子じゃ窮鼠猫を噛むってことになりかねませんねー。相手はお馬さんですけどー。なので徐々に数を減らしていく方針で行きましょー」
風達が用いた策は対異民族のみに意識したものであった。
追い込み漁のように烏桓を一定方向に誘導する。これ自体は公孫賛達も行ってきたものだが、秋蘭達は待ち伏せなど直接的なことをせず――
「な、なんだ――?!」
「落ち着――ギャッ!」
「くそ、なんだってんだ?!」
罠を仕掛けた。
木箱の中に足を入れると噛む仕掛けをした罠である。
本来なら風達はこんな策は使わない。
卑怯だから云々ではなく、ただただ金がかかるからだ。
罠というのは工作物である以上、それ相応の技術が必要で材料も当然莫大になる。特に今回のように平原に近い場所で個を対象にする罠を仕掛けるとなるとかなり広範囲に仕掛けなければいけないからだ。
しかし、金も物資も美羽が負担することになっているので憂いなく実行に移すことができたのだ。
ちなみに公孫賛達がこの策を使わなかったのは思いつかなかったからではなく、公孫賛達も異民族同様に騎馬が主力であるためにどうしても自分達の愛馬を傷つけてしまう可能性がある罠を用いれなかったのだ。
ただし、この策、最初こそ成功していたが追い込む過程で秋蘭達の機動力を知ると集団で逃げる必要はないと判断して分散して逃げるようになったため使うことができなくなってしまった。