第二百九十一話
「さすがの秋ちゃんも烏桓の騎馬には苦しんでおるようじゃのぉ」
素早く柔軟な用兵(この場合の素早さは機動力ではなく、反応の良さ)に定評のある秋ちゃんのぉ。
幸い、苦戦してはおるが負けてはおらぬから損害自体はそれほどではないし、士気に関しても前線基地……というか前線都市を建築しておるから建築途中とはいえ安全に過ごせる程度には既に出来上がっておるから野営続きよりは維持がしやすい。
つまり後方は最低限しか気にしなくてよい状態で程昱が何もせずにおるわけもなく、手を替え品を替え烏桓を誘導して少ないながら撃破しておるようじゃ。何よりこれらは何か大掛かりな策を仕掛けるための布石のような気がするが吾の考えすぎ……なんてことは華琳ちゃん達のところの将に対して思っておったら知らぬ間に首が飛んでおる可能性があるから油断はせんぞ。
しかし、諜報員からも情報が流れてこんからよほど狭い範囲でしか共有されておらんのじゃろうな。
もしくはまだ程昱の頭の中だけか?……ありえるの。吾は程昱のことを唯一華琳ちゃんの家臣の中で華琳ちゃんの意思に反する行動をする判断を行える人物じゃと思っておるからの。
あの寝ぼけた顔で何をしてくるかわからんのが怖いのじゃ。そういう意味では荀彧は華琳ちゃんの意に反する行動が出来んからあまり怖くないの。
あ、ちなみに次点で怖いのは秋ちゃんじゃったりする。
なんというか程昱が理性の忠誠を持って華琳ちゃんの異を成すのに対して秋ちゃんは本能の忠誠を持って異を成すって感じじゃな。
何が怖いって華琳ちゃん命!の秋ちゃんが異を成すということは死を覚悟した上での行動となるからじゃな。
いや、マジで秋ちゃんに本気になられたらと思うと考えただけで軽く震えるのじゃ。
「ところでなんで送る物資の中で蜂蜜だけ拒否されておるんじゃ?」
食事におやつに飲み物に薬に場合によっては金にもなるというありがたい蜂蜜をなんだと思っておるのじゃ。
……まぁ薬というのは微妙じゃがの。小さい子供に与えると名前なんぞは忘れたが感染症になってしまうからのぉ。どちらかというと病人にカロリーを与えやすくするための栄養剤に近いかの。
「で、なぜなのじゃ?」
「えーっと、その」
いつもは言葉を濁さずバシッと言う孫権なんじゃが、珍しいの。一体なぜそんなに言い淀む?
「それはお嬢様から妖気が漂っているからですよ~」
「なんのことじゃ?」
「おやおや、無自覚ですか。お嬢様も可愛いところありますね~。まぁ今まで断られたのはだいたい贈り続けた結果余ってしまっているっていう事実がありましたからねぇ。まだ何もない状態で断られるのは心外なんですよね?」
「……うむ、そうじゃな。そうみたいじゃ」
何気に吾自身がわかっておらんかったことを七乃がわかっておるようじゃ。さすが七乃じゃな。
で、なんで断られたのじゃ?
「簡単に言ってしまえば邪魔なんですよ」
「グサッ」
「ちょ、張勳?!」
「蜂蜜って壺で送りますからどうしても重いんですよねー。道の整備が完璧じゃない場所に運ぶにはかなり不安がありますしー、何より蛮族さん達が襲ってくるかもしれない場所に持っていくのは危険ですよー。足かせになっちゃいます」
「ぐぬぬぬぬ……確かに」
そう言えば戦時に個人宛に蜂蜜を贈ることはあっても物資として送ったことはなかったのぉ。
実際、蜂蜜は吾にとっては空気や血液みたいなもんじゃが、他のものにはそれほどのものではないということはわかっておる。(当然である)
だから無理強いはせんが……残念じゃのぉ。
「仕方あるまいな。ならば代わりに防衛用の床弩でも送ってやるとするかの」
「お嬢様は極端ですねー。でもそちらの方が喜ばれるでしょうね。ただ現地の技術力を考慮するとあまり複雑なものはやめておきましょう」
「うむ、良きに計らえ……あ、ついでじゃから李典に試したい兵器がないか聞いてくるのじゃ。ここは任せたぞ~」
「いってらっしゃ~い……ところで孫権さん?先程からなぜ私を睨んでいるんでしょうか?」
「いえ……やはり張勳には敵いませんね」
「お嬢様のことで遅れを取るつもりはありませんよー……実際のところは配役の違いですけどね。私はお嬢様を甘やかして弄るのが本分ですから~」
「弄るのが本分というのが許されるのはここだけでしょうね」
(なら私の配役はなんだろうか……)