第二十九話
「え、吾が孫策達と演習?七乃!白旗の準備じゃ!」
「わかりまし——冗談ですよ、冗談。だから魯粛さん、お手々を外して頂けますか?」
七乃が魯粛にアイアンクローされておるが、まだ捕まっただけで力は入ってないようじゃな。
魯粛は何気に楽進より強かったりするからのぉ……楽進が負けて盛大に凹んでおったのは良い思い出じゃ。于禁が楽進を慰める最中に「年季の違いなの〜」と言った後は…………ガクガクブルブル
いやいや、そんな話ではなかったのじゃ。
「なぜ吾が演習なんぞせねばならんのじゃ?紀霊や楽進、関羽などが戦う方が効率的じゃろ」
「袁術様の率いる近衛隊は袁術様が率いることになります。万が一はないでしょうが億が一不意を突かれ袁術様だけで対応することになった場合、今のままでは……」
うむ、おそらく袁紹ざまぁにすら勝てるか怪しいの。
袁紹ざまぁはあれで兵の士気を保つのが得意じゃ。なんというか……そう、前世でなぜか流行っておった悪役令嬢的な強さがある。
吾もその立ち位置に近いがどちらかというと実質はモブ寄りかのぉ。いざ勝負!と威勢よく言ったはいいが次のコマにはズバァッ!と斬られるやられ役あたりか。
まぁ悪役令嬢も目立って多少(色々)強いがやられ役なんじゃがな。
余談はともかく、兵法の勉強はしておっても実戦経験はない吾に模擬であっても経験させようと言うことか。
「ふむ……ならば条件は——じゃな」
「……まぁ、普通に考えればそうですが……それでは——」
「では決まりじゃな!よし、なんだか気合が入ったのじゃ!七乃、早速手配じゃ!虎狩りじゃー!」
「ああ、ちなみに張勲さんが袁術様から離れることなんてほとんどないので参加してくださいね」
「お嬢様!この七乃!全力を以ってあの小生意気な虎を狩ってみせます!」
……七乃……おぬし、自分が参加するつもりがなかったから手を抜くつもりじゃったな?困ったやつじゃな。怒る気はないがの。
七乃は本気で吾を困らすことなんてめったにない。今回のことも所詮演習、真剣な遊びの範疇だからじゃから問題ない。
「魯粛の言い分では身近におるものは使っても良いということは影達の数名は使っても良いのかの?」
影達は諜報員でもあるが吾の護衛でもある。全員が吾から離れることはまずない。今回のシチュエーションだと吾が戦場に立つ緊急事態じゃからいつもおる影達ぐらいの人数を使っても問題ないはずじゃ。
「そうですね。それは問題無いでしょう」
よし、これで純袁術家臣団を使って戦えるのじゃ。
影のリーダー楽就、護衛として武力担当の梁興、李豊じゃな。
ゲームでは一番有能な劉勲はなぜかおらんから純袁術家臣団の中ではベストメンバーじゃな。
これで指揮官の少なさは補えるじゃろ。
さすがに素人の吾、素人に毛が生えた程度の七乃だけでは不安過ぎる。元々近衛隊は影の予備軍という性質もあり、連携は上手くいくはずじゃ。
「うむ、最近は書類漬けであったからたまにはこういう仕事もいいのぅ」
「……今気づいたんですが、お嬢様のやろうとしている策をするとまた仕事が増えるんじゃ……」
「……」
どうしよう。やっぱり白旗を用意しようか?
「頑張ってください」
魯粛の圧力の前に吾等は膝を折った。
「戦争とは前と後が忙しいのぉ」
「賊退治の時も思いましたけど、本当の戦争となると考えたくありませんねー。まぁ今回はお嬢様の策で余計に仕事が増えたんですけど」
「……こっそり白旗を用意しようとしても程立や郭嘉が見張っておるから難しいしのぉ」
正直有能な文官を見張りに付けんで欲しい。吾が働きにくくて仕方ないのじゃ。
「唯一の救いは資金と資材に困っておらんことかの」
資金は言うに及ばず、資材も元々も栄えておる南陽では数を揃えるのに苦労はない。……と言うか何処からか聞きつけた商人達が大量に流れてきたからのぉ。
まぁ商会の利益を少し還元するにはちょうど良かったんじゃが……一週間後には元通りになっておるがな。
「近衛隊の人達の士気も上々ですよ。お嬢様がお出かけの際に影達しか連れて行かないので存在意義を示すために張り切ってます」
「あまりぞろぞろと連れて歩くのは吾の趣味ではないのじゃ」
あの派手好きな袁紹ざまぁですら日頃はイケメンブサメンこと顔良文醜程度しか連れておらんから袁家の気風かの?……いや、モブ袁家はぞろぞろと側近を連れて歩くのが好きじゃったか、つまり吾等が変わり者なのかの。
「せめて二人ぐらいは付けてはどうですか?お嬢様は可愛いから誘拐されるかもしれませんよ」
「その時は小次郎の餌となるだけじゃろ」
最近、街でも小次郎に乗ることができるようになった。
そもそも吾が背中に乗っておるから自然となれたようじゃ。最初は大変じゃったがな。
……出番が少ないから一応言っておくが小次郎は吾が飼っておるホワイトタイガーじゃぞ。
念の為に常にマタタビを常備しておるから暴走してもなんとかなる……はずじゃ。
「小次郎さんの強さは紀霊さんお墨付きですからねぇ。少人数の近衛隊では相手になりませんし」
孫権が来るまでは紀霊が小次郎の躾をしておったからなのか、学習したのか知らぬが間合いの測り方が妙に堂が入っておる。
この前関羽に負けておったが、僅差というわけではなかったようじゃが関羽も肩で息をしておったぐらいじゃから並の者で勝てんのは当然じゃな。
まぁ、どうあがいても呂布には勝てんがな!二つの意味で。
「ん?そういえば小次郎を参加させるのはいいんじゃろうか?小次郎は吾と離れることはほとんどないぞ」
「さすがに小次郎さんは無理だと思いますよ。演習ともなると興奮して本気を出されると死人が出ますし」
「それもそうじゃな」
さて、演習の日がやってきたのじゃ。
今回の演習は千対千と以前より規模が大きくなっておる。
本当は近衛隊は三千人で構成されておるんじゃがさすがに初めての指揮で人数が多過ぎてもろくなことにならぬからちょっと縮小した。
他にも孫家の兵が五百しかいないことも原因の一つじゃ。足らぬ五百は吾等の兵を貸し与えておるが練度、装備の差、そもそも新人の孫策達に使われるのを快く思っておらん者などなどの要因でこれ以上増えると統率が難しくなってしまうから千という数になったのじゃ。
「そろそろ時間です」
「うむ、吾を守りし兵士達よ!天下一可愛いのは?!」
「「「「お嬢様!」」」」
「天下一美しいのは?!」
「「「「「お嬢様!!」」」」」
「蜂蜜大好物?!」
「「「「「「お嬢様!!!」」」」」」
「この勝負に勝つのは?!」
「「「「「「「お嬢様!!!!」」」」」」」
「うむ、では善戦期待するのじゃ!」
(なんなのよ。あの演説)
(なんなのだ。あの演説は)
(あれで真面目にやっておるんじゃろうなぁ)
ふっふっふ、どうやら孫家の者達はまだ気づいておらんようじゃな。
このような演説では相手にとっては悪ふざけ、遊びと同じと受け取ってしまうのじゃ。それが吾の狙いじゃ。
よく運動会で対戦相手が不真面目だったりすると自分達とのテンションのギャップでやる気が削がれることがある。
これが命がけの戦場なら問題は少なかろうが、演習となるとテンションはダダ下がりじゃろう。しかもこれを取り返すには演説で鼓舞できれば最善じゃが……これほどの悪ふざけした演説をされた後ではどんなに立派な演説をしても空回りするだけじゃ。しかも半数は元々吾の軍じゃから尚更じゃな。
孫子さんも心を攻めよと言っておったしの。
……うん、やはり孫策の演説は効果を発揮しておらんな。
お、周瑜がこちらを睨んでおるぞ。どうやらこちらの意図に気づいたか?いや、そこまで考えての行動とは思わんじゃろうからただ憎々しく思っておるだけか……いや、魯粛が策を与えたとでも思ってるのかもしれんな。
これで吾等の勝率は上昇じゃな。
地形が平地であるから小細工することはお互いほとんどできん。となるとこれまでの孫策の傾向からすると……なんて勿体ぶったが大体の者が予測できるな。
突撃じゃな。
案の定、孫策は何も考えてないかのように突撃を開始する。
今回は部隊が多いため孫家は孫策、周瑜、更に黄蓋まで参加しておる。
ぶっちゃけ吾相手に豪勢が過ぎるのじゃ。