第三十話
「よし、皆の者、合図を待つのじゃ」
先程までとは違い、静かな肯定で返してくる近衛隊。
このあたりはさすが近衛隊じゃな。そこらへんの兵士とは違う。
さて、相手の動きは……ふむ、孫策と黄蓋が孫家の兵を、周瑜が吾が貸した兵を率いておる感じか。
孫策の攻撃力を考えれば孫家の兵を全て集めても良いと思うんじゃがな。さすがに周瑜も孫策の考えなし具合は危ないと察知したのかもしれんな。
二百五十程度の兵士ではさすがに限界があるし、何より今回は千人規模な上に近衛隊じゃからな。全開のようなことにはならんじゃろう……いや、吾がさせないんじゃがな。
あ、ちなみに吾は4mほどの物見櫓の上におるぞ。視界が良くないと指揮し難いからの。
もちろん本当の戦場ではこのようなことは他の者に任せるが今回は負けても死ぬわけでなし、効率重視にしておる。
もっとも吾の策にハマれば指揮をする機会があるかどうか疑問じゃがな。
……いや、もう既に罠にハマったも同然なんじゃが……いや罠か?これは?まぁ、なんにしてもルールは説明しておいたのじゃから正当行為じゃから問題ないはずじゃ。
「では、始めるのじゃ。第一陣後退させるのじゃ!」
用意してあった銅鑼が盛大になる……ちょっとうるさいが仕方ないのぉ。無線機でもあれば……む?そういえばモールス信号に使う……名前は思い出せんが…(電鍵のこと)…アレは割りと簡単に作れたような……いや現代だから簡単じゃったっけ?まぁそもそも知識が足りん上に電気まで必要となると無理か……ってそんなこと考えておる場合ではなかったな。
よしよし、予定通りに後退しておるな。
「よし、次じゃ!」
また銅鑼が鳴る。
それを合図に第一陣がいた元の位置と第二陣の最前列、つまり陣の境から木の板を取り外される。
ふむ、スコップを用意したとは言え、よく短い時間で70cm近くの堀が掘れるもんじゃな。
掘り始めたのは演習を始める際に行われた挨拶とルール確認、人数確認、お互いの演説ぐらいのものであったはずなんじゃが……この世界の人間はたまに前の世界の人間とは別の生き物なのではないかと思うことがある。これもその例じゃな。
本気の呂布とか絶対敵にしたくないのぉ。関羽と張飛を片手間で相手するんじゃろ?ありえんの。
もっとも今仮想とはいえ、敵となっておるのはゲームでは呂布に次ぐ武力の持ち主じゃがな。作品次第ではアイテムで呂布を凌ぐ場合もあるチートじゃ。
「だから……手は抜かぬぞ。嫌々ではあるが嫌だからと逃げておってもしかたない。吾に必要な経験でもあるしのぉ」
まずは堀の縁で大盾を並べる。これでそう簡単には突破できんじゃろう。
防御を固めるだけでは勝てんが……まぁそれは——
「これでどうにかなるじゃろう。始めよ」
今度は太鼓が一度、鳴り響く。
そして間を空け、もう一度鳴るとそれは始まった。
「間断なき矢の雨とはこれを言うんじゃろうな」
始まったのは弩から放たれる水平に飛ぶ矢と弓による放物線を描くように降り注ぐ矢が射程に入った孫策と黄蓋の部隊に死を齎(もたら)す……いや、鏃は付いておらんし、先端を柔らかくしておるから本当には死なんがの。
さて、何の面白みもないが吾が行った策はこれが全てじゃ。
何のことかわからぬと思うから解説するとじゃ。今回のルールは『経費は全て決められた予算を活用する』というものがあるのじゃが、これのミソはポンッと金を渡され、それをどう使うのかは自由ということじゃ。
剣、鎧、盾、弓、矢などなど全て購入したということにして貸し出す、そうすることによって部隊編成を自由にすることができる……という名目じゃな。
「ふっ、まさかの周瑜も一週間で予算を千倍になってるとは思いもせんじゃろうな」
そう、予算しか使ってはいけないという縛りではあるが予算を使って増やしてはいけないわけではないのじゃ。士気を上げるために酒に使っても良いと言ったら嬉々として賛成に回った者もおったな。
まぁ普通の武装で戦えば吾等が孫策達に勝てる確率は少ないのは自他ともに認める事実じゃ。
しかしじゃ、吾の本質は戦にはない。
「吾の本質は勝つためのものを用意することじゃからな」
まず手っ取り早く資金を増やすために賭博場へ駆け込んだ。
今までの経験上、なぜか知らぬが賭博での勝率は八割を超える。理論的には負けることはほぼないと言えるじゃろう……いや、この勝率で理論的とかおかしいか。
ちなみに荒稼ぎし過ぎて自領の賭博場から出禁を食らってしもうた……まぁ賭博場が三割ほど畳んだところを見るとやり過ぎた感は否めんの。
その後は適当に良さそうな行商人に声を掛けて金貸ししたり、商品の売り込みをしたり、逆に買ったりしておったら知らぬ間にこの金額じゃ。
おかげで仕事が激増々じゃがな!
吾個人が稼いだものであるから文官達は使えぬのじゃ。手伝ってくれたのは七乃と紀霊のみじゃ。
この二人は吾の家臣、魯粛も一応家臣なんじゃが……吾と七乃と紀霊が抜けた穴を埋めるために働いておるからのぉ。他の文官達は家臣ではなく臣下、漢王朝に仕えておる者達じゃから使えぬのじゃ。
そう考えると実は一番凄いのは劉備の軍じゃろうな。
だって漢王朝の役職を途中で失っておる(荊州へ逃げ出す時)のに多くの家臣を連れておるからのぉ……吾がもし地位を追われてついてくるのは七乃、紀霊、魯粛……関羽あたりは義理で生活が安定するまで付き合ってくれるかもしれんな。
…………
………
……
…
それにしても絶対吾は黄金律があるじゃろ。
む、もしかすると蜀の資金は諸葛亮の内政によるものかと思っておったが袁紹ざまぁの黄金律で成り立っておったんじゃなかろうか。
あんなゆるゆるな者達がまともな統治ができるわけないじゃろ。
おっと蜀をディスっておる場合ではなかったの。孫策達の様子は……うむ、進撃が止まっておるな。
良いのか?孫策の計略は大体自爆系が多いぞ?
「まぁ、恐らく矢が尽きるのを待っておるんじゃろうな」
弓はともかく、弩はかなり値段が高いものじゃ。
それを多く配置しておるということは相対的に矢が少なくなっておるということを示す……通常ならばの。
「残念ながらおぬしらが期待しておるようなこと全滅するまでないと思うが……それにしても孫策と黄蓋などの武官達の動きがアニメかマンガな件について」
飛来する矢を剣や槍で捌(さば)き続けておる姿はリアルさがないのぉ……まぁ紀霊達の訓練を見ておるから今更なんじゃが、超人同士の戦いより超人が起こす現象を見た方が特に思う。
もっとも——
「普通の兵士ではそうはいかんがな」
突撃中だった孫策と黄蓋の部隊は既に合わせて二百まで減少しておる。
吾を舐めておったのか知らぬが前回の演習時に持っておった盾がないことが仇となったな。
思うに盾は酒に変わったのじゃろう。周瑜の苦悩が見えるようじゃ。
「でも手加減はせんぞ。一旦停止じゃ」
今度は銅鑼や太鼓ではなく使いを走らせる。なぜ使いにしたかというと銅鑼や太鼓などは情報伝達に優れておるが敵にも情報が筒抜けじゃから策を巡らすには不向きなのじゃ。
さて、敵は不規則に止む矢の雨をなんと思うか?当然矢が切れたと思うじゃろう。リズムよく太鼓がなっているにも関わらず、しかも優位な状況で、相手が同じぐらいの資金しかない、ここから導き出される可能性は矢切れ、他にはないじゃろ。
残念ながらまだ同じことを十回してもまだ切れんだけの矢があるぞ。
「ふふふ、吾が勝てるとするなら金という力じゃな……今なら権力というおまけもあるしの」
孫策達は……ふむ、さすがに百程度で突撃するほどは無能ではないか、孫策と黄蓋が合流して再編して再突撃……するかと思ったが引いていったの。
さすがになにか思うところがあったのかの?
<孫策>
なんなのよ!開始前から嫌な予感はしてたけど明らかに装備がおかしいじゃない!
大盾に弩を揃えてなんであれほどの装備なのよ。
絶対ありえないでしょ!絶対違反してるわね。
「審判に確認したが違反ではないそうだ。それは戦いの後に説明と証明がされるらしい。それよりこれからどうするか、だ。堀まで作られては籠城されているのとそう変わらんぞ」
「それを考えるのが冥琳でしょ」
「……さすがに無闇な突撃を結構して三百もの兵を失った将の言うことは違うな」
「うぐっ」
だって……嫌な予感が止まらなかったのよ。
不安を振り切るための突撃だったんだけど、まさかこんなことになるなんて思うわけないじゃない。
「よかったな。これが実戦ではなくて」
冥琳のその一言で背筋が凍った。
そう……よね。今、これが本当の戦場なら私が突撃したことで三百もの忠臣を失ってたのね。母さんが残してくれた財産を失ってた。
「これに懲りたらもう少し慎重に行動しなさい。少なくとも私や黄蓋の意見を耳に入れる程度には」
「……わかったわ」
土地や地位、財産なんて後でどうにでもできる。でも人は一度失えば返ってこない。
人こそ財産ね。
「……とは言ったが私もここまでとは思いもしなかったがな」
その表情、ある程度知ってたわね。
「知っていたかどうかと聞かれれば知っていた。しかし、まさかこれほどまでとは」
「勿体ぶらず教えなさいよ」
「端的に言えば、予算で稼いで増やした。ただそれだけだ」
は?稼いだって……予算が渡されたのは七日前じゃなかった?
「そうだ。たった七日であの装備を整えるだけ増やしたのだろう」
「冥琳はやらなかったの?」
「やれるわけがない。賭博で資金を増やすなんて無謀なこと」
……え、賭博?博打のことよね?
ちょっと何を言ってるかわからないわ。