第三百八話
なんでこんなところに太平要術の書があるのじゃ。
確かにその存在価値から考えれば国宝認定されても不思議ではないが、しっかり灰になったところを見たからのぉ。
まさか印刷物的にいくつもあるとか言わんじゃろうな?民衆に不満が溜まっておって背を押す形になっただけとは言え、大乱を起こすほどの力がある本がいくつもあるなんて悪夢なんじゃが。
それとも写本か?しかし、意思があるような本を写本できるとは思えんが?
「そこんところどうなんじゃ?」
本に話しかけるなんて第三者が見れば頭がおかしくなったと言われても仕方ないが……まぁここにおる者なら大丈夫じゃろ。
『黙秘権を行使します』
「残念ながら本には黙秘権なんて権利が認めらておらん。そもそも本気になった吾相手に黙秘権を行使できる人間なんぞおらん…………華琳ちゃんと紀霊と周泰と魯粛と関羽と孫権と恋ちゃん……意外と多いか?」
いやー、華琳ちゃんとかにっこり微笑みを浮かべて見られたらつい目を逸しちゃうじゃろ?魯粛は背景に書類の山が見えるし、関羽はよほどのことでもない限り義を通すじゃろうし、孫権は言うか言うまいかで涙目になられたら吾が先に折れそうじゃ。
恋ちゃんは董卓次第じゃろうな。そして董卓を無理やりどうにかしても最終的には大陸最強の実力行使という切り札を有する以上は純粋にどうにもならん唯一の例かもしれん。
ちなみに七乃だったら必要なものから必要でないものまで洗いざらい喋るじゃろうなぁ。ある意味一番の脅威かもしれん。
そして音もなく消える紀霊と周泰……この二人はそもそも捕まえる事自体が困難じゃからなぁ。
「突然独り言を話し始めたがそれはなんだ?」
「黄巾の乱を起こす切っ掛けになった夢の叶え方を教えてくれる意思を持った珍妙な中古本じゃ」
『中古本言うな』
「帝も読んでみるか?まぁどうせ出てくるのは正しい皇帝のあり方とか――」
「何?!簡単に休暇を取れる方法だと?!」
「なんじゃと?!吾にも吾にも見せるのじゃ!!……くっ、なぜじゃ。なぜ吾には見えぬのじゃ?!」
吾が見るとそこに書かれていたのは『呂布に芸を仕込む方法』『賈駆の不運を和らげる方法』『曹操のご機嫌取り百選』『太平要術の書の復活の謎』など興味が……ないわけではないが不安要素満載の太平要術の書を読んでまでのことではないのじゃ。
特に華琳ちゃんのご機嫌取りとかの。
吾が絡むとなぜかいつも怒っておるからのぉ。(自業自得である)
まぁ信用できんから読まんがな。
それにしても――
「なぜ休暇の取り方がないのじゃ?!」
『不可能』
「な、なんじゃと?!」
「……あ、あるべき皇帝の姿勢というのがあったぞ」
「ああ、それはどうでもいいじゃろ。皇帝なんぞ十人十色なんじゃぞ?それに『あるべき』なんて言葉を使っておるあたり、どうせ過去の皇帝共に倣ったものが載っておるだけで帝が求めるようなものではないと思うが……なんじゃったら皇帝になって好き勝手やってみるか?」
「袁術はどうするのだ」
「もちろん宛に帰るぞ!あ、洛陽に置いておる金ぐらいはやるから安心するがいいぞ」
いやー仕事がなくなるなら洛陽にある金なんていらんのじゃ。
そもそも宛に持って行くのも大変じゃし、そもそも蔵が足りんなるからの!多分執務室にまで溢れるぞ!
「……遠慮するのだ」
「残念じゃのぉ……というか太平要術の書、おぬし、黙秘権行使しておいて自分でバラそうとしてどうするんじゃ」
『意思と機能は別』
なんと不憫な生き物……ではないか。無機物じゃし、別に不憫でもなかったのじゃ。