第三百九話
「さて、この駄本をどうしてくれようか」
勢いで取り上げた太平要術の書をまだ興味深そうにしておる帝に返し、これからどうするかを考える。
「薪にしてしまいますか?この程度の紙だとあまり足しにはなりませんけどねー。どのように燃えるかはちょっと興味があります!」
「こんなに便利なら有効活用を……と言いたいところですが、人の世は人の手で作り上げるものだと思います」
七乃も孫権も細かい違いがあれど、燃やす方向じゃな。
吾も面倒事を遠ざけるという意味では賛成なんじゃが――
「しかしお嬢様が仰っていたことが真ならこの怪しげな本は灰になったあと復活したということでした。となれば燃やしても安心できないのではないのでしょうか」
「ひゃっ?!ろ、魯粛?!いつの間に?!」
「この扉が開いたあたりですね。ちゃんとご一緒したかったです」
「わざわざ気配を消しておったのは?」
気づいていなかったのは吾だけではなく、孫権達も同様に驚いておったから間違いなく気配を消しておったのじゃ。でなければ吾はともかく、孫権達が気づかぬはずがない。
ちなみに七乃は驚いておらんの。しかし気づいておったというわけではないと思う。ただ単に驚いておる吾を見て『驚いているお嬢様も可愛いです!』とか思っておるんじゃ。今も顔がだらしなくなっておるから多分間違っておらんじゃろう。
「皆さんが楽しみにしておいでのところに水を差すのはさすがに気が引けましたから」
うむ、魯粛らしいさすがの気配りじゃな。めっちゃ驚いたけども。
しかし、意見自体は間違っておらん。
この得体の知れない駄本は粒子レベルにまで分解しても復活する可能性があるものを焼いた程度でどうにかなるとは思えん。
そしてたまたま吾の前に現れたのは幸運だったに過ぎん。
これが劉備や孫策、そして何より華琳ちゃんが手にしたら厄介なこと極まりないことになる。
戦争になって勝ち負けの話ではなく、また面倒な仕事が増えるからじゃ!
正直、現状維持すらもしんどいのに勝ったら領地が増えるんじゃぞ?人を新たに割かねばならんのじゃぞ?睡眠時間を削らねばならんのじゃぞ?また美味しさ半減した蜂蜜を頬張らなければならんのじゃぞ?金だったらいくらでも使っても問題ないんじゃがのぉ。
「こんな使えない本はいらんな。燃やしてしまえ」
先程まで興味津々と読んでいた帝がまさかの廃棄に一票……一体どうしたんじゃ?
「休暇の取り方、袁術に有給を申請しろ。安眠の仕方、机の上の書類を全部終わらせるか、自然と眠るまで処理し続ける。街へ遊びに行く方法、袁術に頼め。美味しい物が食べたい、袁術に頼め。胃がよくなる薬が欲しい、薬より鬱憤を晴らすこと……」
「なるほど!見事に正解を導いておるな!」
「有給というのは確か仕事を休んでも給料が払われるというものだったと思うが、間違っておらんよな?」
「うむ、そのとおりじゃな」
「それで有給開けには――」
「休んだ分、書類が溜まっておるな」
「意味がないのだ!!」
よくわかっておるのぉ。
むしろ溜め込むことで地獄をみるのは帝本人じゃからの。
ついでに言えば、別に嫌がらせで帝へ仕事を押し付けておるわけではなく、帝主導で行われる事業が幾つかあるんじゃよ。
帝の名で主導した事業を代わりに決済するような役職に吾を筆頭に誰も就いておらんからのぉ……まぁ誰もこれ以上仕事を増やしたいとは思わんよなぁ。
一応吾も太傅であるが、政治に関わることはできるが帝の代わりはできん。もしするなら宰相にならなくてはのぉ……断固として拒否するがな!!
安眠の仕方に関しては不可能と気を失うかのどちらかなんてひどい選択肢じゃのぉ。
というかなんか太平要術の書……面倒だからと吾に全部投げておらんか?いや、本来の力を発揮されると余計に面倒になるからいい……良くはないがいいとして、己の存在価値を自身で否定しておらんか?
「帝は街に行きたいのかや?」
「宮殿は仕事のことばかり考えてしまう。息抜きぐらいしたい。そういう意味では今回のことは随分と気が紛れたな。それにこの前の城は最高だった」
宮殿が仕事場だからのぉ。気持ちはわかるぞ。
一応ツッコんでおくがこの前行ったのは城ではなく温泉宿じゃからの?
「では帝の街散策企画は後で検討するとして、太平要術の書はどうするのかのぉ」
厄介なものであるという認識は共通点じゃし、できれば処分してしまいたいというのも同じじゃが方法がのぉ。
「う~む……おお、そうじゃ。あやつに相談してみるか」