第三百二十二話
「なんでこんなことになったのかな」
俺の心情とは真反対の嫌になるぐらい青い空を見上げた。
袁術が史実通りの袁術だと思っていたことが間違いの始まりだったのはわかる。
お尋ね者になってから大変だったけど姜維と一緒に乗り越えてきて、太守になることもできた。
太守になってからは割と平穏だった。
三国志の主役の一人の劉備玄徳が隣ということもあってかなり緊張してたけど、史実というより演義の方の劉備玄徳らしく、怖い存在とは思わなかった。
実際、お尋ね者の俺達ともずっと友好関係でいてくれた……んだけど、ある時を境に仮初めの平和にヒビが入った。
劉備側から物資や資金を融通してほしいという要請があった。
こちらはお尋ね者だからそもそも強く出れないし、何より国力が違い過ぎていて要請を跳ね除けれなかった。
やっぱり群雄割拠の時代の人間なんだな、と失望したことを今も覚えてる。
しかも、その要請は一度だけに留まらず、最初こそ話し合いのような空気だったのに次第に強制、命令のようなニュアンスへと変化していき――
「終いにはこんなことになるなんて……」
姜維は大丈夫だろうか。
先日、劉備から使者が来た。
姜維と揃って嫌な予感がして、できれば会いたくないと呟きあったけどそういうわけには行かず、面会した……したんだけど。
「北郷様、姜維様、内密にお話がございます」
公式の会談が終わった後に密かに伝えられた要望、それを聞いた瞬間に嫌な予感が更に増した。
そして改めて会って伝えられたのは――簡単にまとめると、土地勘のある俺達だけで漢中を通って北上して涼州で盗賊をして来い、という内容だった。
犯罪に手を染めるなんて……と突っぱねたが、そもそもお尋ね者、逆賊だろう、と言われて反論できなかった。
俺達としては袁術の専横を正すために起ったんだ!と言いたい……けど、結局事実だけ見てしまえば逆賊。
今更と言えば今更だけど、やっぱり当事者としては受け入れがたい要請であることには変わりないので拒否で思考がまとまっているところで使者は――
「これを拒否された場合、逆賊として我々は貴方達を討つことになります」
「それは……」
今まで含みを持たせた言い方はしてきたけど、ついにはっきりと言語化された。
怒り、悲しみ、憤り、失望……一通りの負の感情が渦巻いた。
それでも表情には出さなかった……と思う。それは俺が成長したからというよりも姜維が先に怒りを爆発させたことで逆に冷静になったというだけだ。多分姜維が怒っていなかったら俺も同じように怒っていたに違いない。
「条件があります」
俺達の生きていく道は限りなく細く険しいことを改めて認識し、しかしただただ死を待つのではなく、どんなに苦しくても、汚れても生きる努力をしよう。
「こちらから行っている援助を止め、逆にそちらから援助をして欲しい。遠征を行う余力は今の俺達にはない」
言葉に含みを持たせた。
言外に遠征を行う力はない……つまり遠征ではなく、近場でなら戦うことができるぞ。それが嫌なら支援ぐらいしろ。と。
本気で俺達と争うつもりならこんなブラックな交渉をせずにとっとと攻めてくるはずで、その余裕がないからこそ俺達にこんなことをさせようって思ったはずだ。
俺達は領地とは比にならない軍事力を保っていて、劉備達は将こそ優れているけど兵士の強さはそれほどじゃないし、本当に手段を選ばないなら俺達はその機動力を活かして……劉備の領地で略奪を行うことも可能である。
あまり情報収集が上手く出来ない俺達だけど劉備が経済的に厳しくなっていることは知っている。というかだからこそ俺達に援助を頼んできている。
そんな状態で俺達がそんな行動をすればどうなるかわからないほど無能じゃないだろう。
……俺も人の事言えた義理じゃないけど本当に無能じゃないよな?伏竜鳳雛が揃っていてさすがに……。
「……わかりました。その変わりに姜維様にはその遠征軍を率いていただきたい」
「うちの柱をそう簡単に遠征に出せるわけないだろ。どうしてもって言うなら……黄忠さんと徐庶さんをこっちに派遣してくれ」
正直、内部に他所の人間を入れるのはかなりリスクがある。でも姜維が遠征するとなると絶対領地に手が回らない。
黄忠さんは俺のところにいる元劉璋さんの臣下だった人との繋がりで知り合って、信頼できる人だと思う。
徐庶は直接は知らないけど史実的に義理堅い人で、暗躍するタイプの人ではない……はず。
「……そう……ですね。なら略奪品の取り分をこちらに頂くことになりますが」
最初からそれが狙いだろ。とは思ったけど言わなかった。言っても意味がないし。
むしろ最初からその話がでなかったのは意外だった。
それを了承する形で話がまとまった。
「姜維……ごめんな」
完全な汚れ仕事だ。
本当は姜維にやらせるぐらいなら俺がやりたい。でも小さい頃から馬に乗り続けている涼州兵達や姜維についていけるほどの馬術を俺は会得できていない……というかできない。である以上軍の指揮はともかく、騎兵の指揮を執るのは不可能。
「いってぇ。知らない間に握り過ぎてたな」
握り込んだ拳を広げると血こそ出てないがくっきり爪が食い込んだ跡が残っていた。
「何か考えないと……姜維が時間を稼いでくれている間に……姜維が無事な間に」