第三百二十三話
「賊退治程度、この華雄におまかせください!」
勢いよく志願の声が上がる。
脳筋姉さんこと華雄その人である。
「相手が普通の賊なら役不足なんだけど……」
と賈駆が渋る。
相手がただの賊なら華雄のような将に任せるまでもない任務だ。
しかし、数に差があったとしても護衛が全滅となると相手は手練だとわかる。しかも調査を始めても捕捉することもできないため、やはり当初の予想通り何処かの軍である可能性が高い。
華雄は勇将ではあるが、勇将というステータスは敵と戦うことが前提で発揮されるもので、ゲリラのような相手には向いていない。
「ほならウチが行ったるで!」
と続いて神速姉さんこと張遼が志願する。
戦略戦術に通じ、軍の統率も個人の武も一流。これこそ役不足の体現だが正体不明の敵相手なら適任と言えた。
しかし、賈駆が即断できない。
能力的には申し分ない。だが、逆にその能力によって採用を躊躇われた。
「霞に抜けられると今の仕事が滞るのよね」
「ウチもたまには外で暴れたい!机の前に座って寝るだけの生活はもういやや!」
「奇遇ね。私もよ。じゃあ私が賊狩りに行ってもいいわよね?」
「…………いい子で留守番する」
「仕事もお願いね」
「やっぱりいやや~!!」
と駄々をこねるが賈駆は聞く耳を持たない。
「……恋、行く?」
続いて立候補したのは呂布。
何も言わずともわかるぐらいに賊退治なんて使う人物ではない。
相手が正体不明の軍であっても同じだ。
しかし問題は――
「ねねも参りますぞー!」
――当然のように従軍を表明する陳宮にある。
「さっき霞に言ったこと聞いてなかったの?ねねも書類をやっつけなさい!」
「もう文字は見たくないのですぞー。恋殿とお散歩したいのですー」
とさめざめと泣く。
「ねね……」
「恋殿……」
「頑張って」
「恋殿~~~~!!」
まさかの裏切り……いや、いつもどおりといえばいつもどおりか。
「……華雄、行ってもらえるかしら」
「おう、任せておけ。賊など一捻りしてやる!」
「油断は禁物よ。相手は賊ってことになっているけど軍の可能性が高いんだから」
「どちらにしても粉砕してやろう!」
「じゃあ兵三千預けるわ。それと装備は好きに持って行きなさい。くれぐれも油断しないようにね……華雄だけじゃ心配だから胡軫をつけるわ。たまに胡軫を見て冷静になりなさい」
胡軫の能力は並程度だが、顔が仏顔であり、心を落ち着ける効果がある……とかないとか。
直情型の華雄なら多少は効果があるかもしれない、と希望的観測と共に華雄と共に胡軫を送り出した。
「まさか劉備が北郷達を使って盗賊業に進出するとはのぉ」
被害そのものはそれなりにあるが、吾的には大したものではない。
問題なのは襲われておる商人や御用達じゃな。
もっとも被害は出ておるんじゃが吾は一通の書状を出した以外は特に行動しておらん。
その書状は話題の盗賊業が盛んに行われておる涼州牧董卓に向けてのもので、早期解決を願う、という当たり前のものじゃな。
それにしても姜維はいい将じゃのぉ。董卓達とは別に吾達も間諜を放っておるんじゃがなかなか捕捉できん。
実は今回のことに限って言えば北郷のところの間諜は全く役に立っておらん。
なにせ今回参加しておるのはどう考えて李確と郭汜が率いておった涼州兵じゃ。そやつらから情報を引き出すことは簡単にできるが間諜に仕立てるのは難しかったんじゃよ。
そして何より――
「劉備のこれも支援の内か?」
劉備達は北郷達を支援する動きは物資の提供だけのはずじゃが、実は吾や董卓達にとって面倒な動きがある。
それは間諜と密使の増大だ。
いやー、それはもう本当に面倒なぐらいの数が放たれておる。
おかげで取締に人が取られ、情報収集にも弊害が出てしまっておるし、何より吾等の睡眠時間を削るという点においては見事な攻撃じゃ。
「前回は劉備が華琳ちゃんに目標を絞っておったから対処できたが今回は見境ないんで対処できんのぉ」
とりあえず華琳ちゃんへの使者を優先して対処しておる。
これもあって吾等が討伐に乗り出さないというのもあるんじゃ。決して手を抜いたわけではないぞ?そもそも姜維を討ち取れるかもしれんのじゃから手を抜く理由にはならん。
ちなみに今回一番多く密使や間諜が放たれておるのはもちろん涼州じゃから董卓達はそれへの対処に頭を抱え……たら仕事ができんから悩ませながら判子やサインをしておるようじゃ。
「さて、姜維は華雄の討伐隊をどう対処するつもりじゃろうな。戦うか、それとも避けるか。吾なら徹底的に避けの一手じゃが……華雄の追跡能力次第かの」
普通に考えれば華雄が姜維を捕捉できるとは思えん。脳筋が過ぎるからの。しかし、本能的な何かで見つけるかも、と思ってしまうのは吾の考えすぎかのぉ。