第三百二十七話
「きょ、姜維様の安否を確認しろ!お前らはあっちを警戒しろ!」
姜維の副官を務める張済の声で兵士達は動き出す。
張済は李確郭汜が主導していた頃から従う……いや、この二人の仲を取り持っていた中心人物でこそないが、重要人物ではあった存在である。
能力は今ひとつだが、涼州騎兵との付き合いは長いために信頼関係があり、指示の浸透は速かった。
そのかいもあって――
「張済様!敵襲だ!」
「例の奴らだ!」
と矢が飛んできた方向を警戒していた兵士達から報告が上がる。
張済は内心舌打ちして現実でも舌打ちしてどう対処するかを考える。
副官としてサポートすることはできるが決断力に乏しいことを自覚している張済は焦りが募る。こんな状態で正しい判断ができる気がしないのだ。
だが、そこに救世主が現る!
「迎撃に出るぞ!ついてこい!」
その存在は――涼州脳筋騎兵達である。
ここのところ逃げてばかりで鬱憤が溜まっていたところ、ちょうどよく姜維の仇討ちと誰かが対処せねばならないという名目があるため嬉々として敵に……張遼に向かって馬を走らせた。
その行動に張済は助かったという思いとまた馬鹿が先走りやがったという思いが織り混ざる。
今まで戦闘を回避してきたのにはそれ相応の理由がある。なのにそれを無駄にする行動は本来処罰ものだ。しかし反面、自身が判断を下せていない今は値千金と言ってもいい行動となっている。
そして自分はその値千金を塵の一山に変えてしまう可能性が高いとも。
「姜維様の様態は?!」
「急所は外れてます!ですがまだ確定じゃないですが矢が刺さった周りの骨が衝撃でいくつも折れているか罅が入っているようです!」
「骨がこの状態だと内臓にも痛めているだろ」
矢が刺さったのに衝撃で周りの骨が折れたり罅が入るとはどんな矢だったのか、そもそも人間が吹っ飛んで何度もバウンドするほどの威力が弓矢で出せるのか。
そうなるには二つの要因が関わっている。
一つは呂布の気合が気として矢に乗ったことで本来のものより威力が上がっていたこと。
そしてもう一つは、普通の弓やそんじょそこらの名弓でなら呂布が乗せる気に耐えられずに粉砕してしまうところだ。
しかし、今呂布の手にあるのは大陸一、下手をすると世界一と言えるほどの名弓はその力を十分受け、耐えられる性能を有していた。
この名弓はある筋から手に入れたものである。
まぁもったいぶった言い方をしても分かる人には分かると思うがこの弓を用意したのは何を隠そう袁術公路その人である!!
ちなみに贈った経緯は、呂布が袁術のところに遊びに行っている時のこと。
ふと、史実だったか演義だったか忘れたが呂布が弓の名手であることを思い出してどれほどの腕前なのかが気になってお願いして披露してもらった。
弓の腕前を試すと言えば頭の上に林檎じゃろ!という袁術のいつものノリで試す方法は決まったのだがいくら呂布が凄腕だったとしても普通に危ないので死んでも問題ない死刑囚の頭の上に林檎を乗せて試してみた。
結果は射れば必中、ただし先に弓が音を上げた(粉砕)という遠近両方を持って無双ということは証明されることとなった。
そこで袁術は褒美として天下一の弓を贈ったのだ。
ちなみに勢いで贈った後にもし自分に向けられたらどうしようとガクブルしたのは秘密である。(と本人は思っているが実は結構周りは知っていたりする……のはいつものことか)
話を戻すとして、姜維は死んでこそいないものの瀕死の重傷。
判断を仰げる状態ではないと考えた時――狙撃される前に姜維が言いかけたことを思い出し――
「西へ……西へ行くぞ!」
張済はそれに縋ることにした。
西へ行けば異民族達がいる。
そうなればあちらはトラブルを防ぐために大きく行動を制限できるかもしれない。