第三百二十九話
直射を二度ほど行うと弓矢の距離ではなくなり、用は済んだと弓を腰へ収め、槍や剣など各々が得意な得物へと持ち替え――
「突撃や!!」
「かかれー!!」
双方の代表が突撃の号令を掛ける。
そして応えるように力が入りすぎて顔面の血管が浮き上がらせ、腹の底から声とはとても言えず、衝撃と言う方が不自然がないものを発す。
互いに駆ける馬の速度を落とさず、そのままの勢いで激突する。
馬と馬がぶつかりあい、そのまま死ぬもの、当たり勝負で勝ち前進を続けるものと敗れて沈むもの、上手く敵の間に滑り込ませて武器を振るうもの、それに討たれるもの、返り討ちにあうもの。
そして一際目立つのは――
「うりゃーーー!!」
気合の入った声と共に手に持つ飛龍偃月刀を一閃。
凡百には目で捉えることすら難しいその一撃は兵士どころか馬諸共吹き飛ばす。しかも数騎まとめて。
いつもの張遼は技巧派であり、吹き飛ばすような力任せな戦い方ではなく、一人一人を技術をもって斬り裂く戦い方を好んでいる。
ならなぜ今回は本来の戦い方ではなく、こんな戦い方をしているのか。
別に深い意味はない。今までの鬱憤をぶつけることと、相手の心意気を買い、テンションが上っているだけのことだ。
そして、勝敗はそう時を経たずして着いた。
精強であったとは言っても元々少数であり、更に数を分けたなら自明の理。多勢に無勢だ。
しかし――
「まった逃げられた!」
少数の決死隊で時間は稼ぐことは成功した。
張遼は張遼で最速で突っ切ったのだが、涼州騎兵相手に少しでも時間を与えてしまえば逃げられるのは道理だ。
「ふふん、でも今回はどうやら上手くいったようやな。よしウチらも追撃するで!」
張済は絶望をみた。
絶望するには己が諦めた時だと思っていた。
しかし、目の前にいるのは間違いなく絶望だと断言できる存在がいる。
「呂布……奉先」
その存在を、前から張済は知っていた。
兵士達は呂布のことをあまり知ることはない。なぜなら呂布の武力は並外れたや一騎当千などという言葉では表せられないほどで、個の武力で軍に匹敵する強さであるために率いる兵力は少数で抑えられていて、本人もその武や功を誇るでもなかったので露出が少ないのだ。
その点張済は董卓に仕えていた頃から会議などに呼ばれるほどの官位を得ていたので呂布を知っていた。
その当時は常に寝ぼけ眼でおっとりしていた少女という印象だった。
あんな少女が弱いとは言わないがそんな化け物のように強いわけがないだろう。所詮噂に尾ひれ背びれがついてのだ、そう思っていた。
だが、それも過去の話。
「んっ!」
方天画戟を振るうと受けたものは生を終え、それによって発生する風の圧だけで兵士が乗る馬の勢いなど無視して馬体が浮き、後方に飛ばされる。
「姜維様が戦おうとしなかったはずだ」
何度か追いつかれそうになり、殿を出すように姜維に進言していたが考える余地なしとばかりに却下された時は不満に思ったものだが――
「完全に私は見誤っていた」
むしろ噂話の方が過小評価ではないだろうか、と。
「……李確、郭汜……少々遅れたが、そちらに行くぞ」
殿の指揮を執るために残った張済は既に離脱することは不可能であり、呂布の攻撃範囲内にもう入る直前であった。
「北郷殿姜維殿……ご武運を――」