第三百三十話
「姜維が……張済さんが……皆が……そんな――」
援軍要請に続いて届いた知らせ。
張遼、呂布率いる討伐隊により姜維は重傷を負った上で行方不明。副官の張済は呂布に討たれ、兵士達も散り散りになったが大半は討たれただろうというものだった。
「これから、どうしたら……」
「一刀さん……」
途方に暮れる北郷。
死んだという報告ではないものの、行方知れずであり、しかもどの程度かははっきりしないが重傷を負ったという。
この世界の医療技術では重傷と言い表すほどの傷は、本人の気力と体力次第だが死ぬ確率の方が高い傷、という意味を持つ。
すぐに救出部隊を出したいと思う北郷だったが厳しい現実がいくつも立ち塞がる。
物資はかき集めればギリギリなんとかなるがまとめる将がいない。まだ張遼や呂布が残党狩りをしているらしいこと。領地を治めるためにはこれ以上兵士を減らすわけにはいかない。更に派遣部隊全滅が知れ渡れば兵士達の士気も低下し、領内も動揺する。更に姜維が抜けた穴は軍事面でもだが内政面にも影響する。
つまり助けに向かわせる……助けに行く理由より出来ない理由があまりにも多い。
それは北郷も……そして交流があり、名前で呼ぶようになった黄忠もわかっていた。
領主の判断としては救出部隊の派遣は悪手だ、と。だからこそ同情するように名を呼び、背を手で擦る。
(フフ……自分達がこうなるきっかけを作っておいて慰めようなんて……滑稽ね)
知らぬ間柄では既にないが故に、自身よりも年下で、未熟な後輩の心労を慮る。
(それに……私がこれからすることを考えると尚更……ね)
実のところ姜維達略奪部隊の全滅の情報は諸葛亮達は既に諜報員の報告により把握済みであり、諸葛亮達は対応策を黄忠に知らせていた。
しかし、その策は黄忠にとって本意とは言えない内容でもあった。
「……一刀さんは姜維ちゃんを助けに行きたい?」
「もちろん!でも……っ!」
「……一つだけ助けに……探しに行く方法があるわ」
「本当に?!」
俯していた頭がガバッと上がり、黄忠に縋るように見上げる一刀。
その様子にジクリと心が痛む。
「一刀さんが助けに行くのよ」
「俺が……でもそんなことしたら領地が――」
「ここのことは私達に任せたらいいわ」
「――ッ」
北郷は息を呑む。
黄忠達に領地を任せる……『達』と複数形にしているが補佐として働いてくれている徐庶のことを指している……わけではないことは北郷もわかった。
つまり――黄忠の後ろにいる……劉備に任せて、姜維を探しにいけと言っているのだ。
体の良い追い出し、乗っ取りである。
しかし、北郷が取れる選択肢もそれほどあるわけではないし、何より姜維もおらず、精強な涼州騎兵も減った状態で領地を安定させられ続けるのかという現実的な問題もある。
だが――