第三百三十一」話
「北郷一刀、統治を放棄して流浪者となる……か」
まぁ今まで天下のお尋ね者が統治者をしておる方が不自然だったんじゃがの。
「今すぐ軍か刺客を送りましょう!なんでしたら……いえ、是非ともその指揮を私が!」
フンスッ!と可愛らしく両手をギュッと握って気合を示す孫権……なんじゃがその可愛いポーズとは裏腹に瞳は暗い輝きを放っている。テラコワス。
「しかしのぉ」
「なぜですお嬢様!今なら殺すことも容易い!戸惑う必要などありません!」
言っておることは間違ってはおらんがの?
北郷は一人で流浪者となったわけではない。涼州騎兵や劉備についていけないもの、北郷を慕っているもの、姜維を慕っているものなど様々な事情で随伴する人数は千八百じゃ。しかもこの千八百は全員騎兵じゃ。
ついて行く人間が全員騎兵というのはおかしいと思うじゃろ?別におかしくはないぞ。なにせこやつらは北郷と共に新天地を開拓することが使命として、馬に乗れぬものや馬が足りないもの達は新天地の目処が立った段階で出奔する予定だからじゃ。その数は三千五百というから驚きじゃ。
これは北郷と姜維の人気というのもあるが劉備の不人気にもあったんじゃ。
誰にも好かれているという印象の劉備なんじゃが、北郷と姜維はその印象を自領で根付かせては劉備達の企みではなく、自主的に乗っ取りや謀反などが行われる可能性が濃厚であったため、それを防ぐために自分達が行ってきた政策や劉備からの要求などを秘匿性が高くないと支障が出るものを除いて詳らかに広く市民レベルにまで公開してきたのじゃ
これは風通しが良い組織というものは理想なのはわかっておったようじゃが人気があるということを知っておった北郷が発案し、姜維がそれを実現した形じゃな。
もちろん北郷達の弱腰外交に批判的な意見もあったが、さすがに益州の殆どを支配しておる劉備達との国力差は教育が施されておらん市民ですらも理解が出来て表立っては批判されず、劉備へ不満をなすりつけることに成功しておったんじゃよ。
そんな状態で今回の乗っ取りは戦争が起こらずに(厳密に言えば侵攻されずに済んで)統治者が代わって終了したという点では歓迎されたが、乗っ取った劉備達の評判はガタ落ち状態じゃ。
これを回復するにはそれ相応の時間がかかる……かもしれんの。最近は劉備の洗脳能力も落ちてきておるようじゃからのぉ。
もしかすると世の乱れの度合いと洗脳能力が比例するんじゃろうか?まぁ独裁主義は元々世の乱れや不満から生まれることが多いので不思議ではないが。
だいぶ話が逸れたが、これらの事情で北郷と姜維は思ったよりも慕われておってそれなりの……いや、立派な軍勢を率いておるんじゃ。
とはいえ本気で討伐するなら相手にならんがの。
「じゃがのぉ。劉備の対策もせねばならんしの」
北郷という別勢力を追い出したことによって益州は正しく劉備の手によって統一されたことになる。
これから本格的に動くことになる……はずじゃ。
略奪部隊は壊滅、まさか北郷を追い出すためだけにこれだけ大きな動きをしたわけではあるまいし、次の手を打ってくるじゃろう。
「涼州騎兵も思ったよりついて行ったの」
劉備達が涼州騎兵に引き抜き工作を仕掛けておったことは事前に把握してあったが、実際に引き抜けたのはごく一部に過ぎず、大勢に影響を及ぼす数ほどではない。
文官に関しては割と残ったようじゃが……劉備達としてはかなり厄介な存在になるじゃろう。
なにせ劉表、劉璋の遺臣で劉備に従うことを良しとしなかった面々であるからじゃ。
さすがに流浪するというのはハードルが高くて残ったようじゃが反発心は未だに残っておる……まぁなくなる要因がないからじゃが……から足を引っ張ってくれることじゃろう。ぜひ支援をしてやろう。
「しかし相手は大罪人です!お嬢様はなぜ奴らに温情を掛けているのですか?!」
まぁ孫権視点からするとそう見えるじゃろうなぁ。ん?七乃も魯粛も気になる感じか?
…………まさか原作主人公じゃから関わりたくない、とは言えんな。
主人公と敵対すれば敵になり、敗れる。物語では至極当然の流れじゃ。
これが未だに適応されているかわからんが、警戒はしておいて損はない。
だからこそ放置しておったし、劉備との関係を改善させないように迂遠なやり方で妨害しておった。
結果的に吾が絡むことなく北郷は領地を失ったことから考えると成功……したと思うんじゃが……逆に自由を与えてしもうたとも言えるか。お願いじゃから逆恨みでこっちに来ずにちゃんと奪い取った劉備に矛先を向けて欲しい。
それはともかく、なんと説明すれば良いものか。