第三百四十一話
「盾を構えろ!前に出て倒すんじゃなく敵を迎えて突け!」
孫権の声が響く。
関羽との合流に向かう孫権軍だったのだが、同行することになった輸送部隊が身重であるため、念の為に偵察の数を増やした。
その念の為が功を奏し、明らかに怪しい部隊を発見した。しかも武装も一般的な正規軍よりも若干劣る程度でそこそこ統率が取れているという。更に数は三千。
孫権軍は現在七千、上海輸送部隊五千、合計一万二千。これは輸送兵を除く戦力実数である。
普通なら負けない……というよりもこの戦力差だと攻撃を仕掛けてくること事態がありえない。
逃げるか留まってやり過ごすか、そのどちらかだと孫権達は踏んでいたのだが――
「まさか仕掛けてくるなんて」
「一応打ち合わせをしておいてよかったです」
慎重派である孫権は万が一に備えて策を練っており、徐州軍はもちろん輸送部隊にも伝達している。
戦力実数で上回ってはいるが、徐州軍はともかくとして輸送部隊は輸送が主任務である以上、輸送物資を守ることが優先されるために行動が制限されてしまう。
そしてその制限は孫権軍まで及んでしまうのだから万が一であっても対策を練っておいたのだ。
「やはり情報漏えいでしょうか」
「可能性が高いわね」
「上海の奴らをもう一度総洗いしておくよう上に報告しておきましょう」
「……そうね」(お嬢様、すみません。仕事をまた増やしてしまいました)
三千という数は、輸送部隊のみだった場合や要請があったように輸送を孫権が引き受けた場合は対処が難しい数になっていただろう数だ。
更に言えば通常の略奪などに三千という数は中途半端、村を襲うには多く街を襲うには少ない。その上、割と目立つ人数であるため今回のように見つかりやすい。
それらの点から十中八九輸送部隊を狙ったものということになり、その規模や経路、時間などを知ることができているということは情報漏えいがあったと考えるのが自然だ。
それに叛徒がこの地域にいること事態もおかしいのだ。
まだこのあたりは叛徒の影響がない安全な地域であるはずで、三千もの敵軍がいるわけがないはずだった。
その上、寿春、上海に報告がないということは――
「上海以外に内通者が結構な数いるのは間違いないわね」
「孫権様。無断の粛清は制限されてますからね?」
「……わかっているわよ」
あまりに殺気がダダ漏れで心配した(主に揚州の民)袁術は粛清を制限した。やりすぎは統治に支障が出るし、他の地域にまで不安を煽ることになるからだ。
(それにしても日頃自分がどれだけ恵まれているか実感するわね)
戦う徐州兵の姿を見ながら孫権は思う。
いつも率いるのは将こそ恵まれないが、兵士そのものは精鋭中の精鋭が揃う袁術軍であり、練度はもちろん装備も違う。
偵察一つとっても袁術軍なら同時に出発したなら帰還するのは異常がなければほぼ時間に誤差がなかったり、報告内容が簡潔にまとめられて理解がしやすかったりと差を感じる。
今だってこれだけの戦力差で守る戦い方をしている理由は徐州兵の練度が低いことから攻めると隙が生じてしまうからだ。
(私が前に出れば早い話なんでしょうけど……愚姉じゃないんだしそれはないわね。せめて周瑜ほどではないにしても全体の指揮を取れる人がいないとね)