第三百四十二話
「見つからないわね」
「はい。どこかに潜んでいるとは思うのですが」
戦局は正規軍であり多勢に無勢、守る存在があったとしても奇襲でもない限りは覆らない。
つまり、この場面から逆転があるとすれば奇襲ぐらいしかないとも言える。
だからこそ孫権は周りに偵察を多く出していた。
そもそも敵が数の不利を承知で戦いを望む理由が勝つ見込みがある以外に想像ができない。
本来寡兵の敵が攻撃してくる戦術的理由というのは足止めと防衛ぐらいしかない。しかし防衛する側でもなければ自分達の足止めが目的なら立ち止まり臨戦態勢を取った孫権軍に攻撃を仕掛けるのは不自然だ。足止めなら臨戦態勢を取った段階で相対するように構えてなるべく交戦を控える方が理に適っているにも関わらず自ら攻撃を仕掛けた。
つまり防衛でもなく、足止めでもない……となると勝つ見込みがあると考えることが自然なのだ。
そして勝ち筋はほぼ伏兵一択――にも関わらず発見の報告が上がってこない。
「まさかこの調子で勝てるなんて思っていないでしょうし……輸送部隊に後方を注意するように言っているわね?」
「はい。警戒はしているようですし荷車によって簡易陣地の構築も完了しておりますので問題ないかと思われます」
袁術軍の輸送部隊の荷車は連結させて壁になるように開発されている。(もちろん李典の発明)
それを連結させてしまえば奇襲の主力となる騎兵の突撃を防ぐことができる。
涼州騎兵や烏桓、羌族などの優れた騎兵に相手なら飛び越えられる可能性はあるが、揚州ではそんな技術を持つ騎手と良質な馬が揃う可能性は低いため、防御力という面ではかなり優れたものになる。
反面突撃されてもひっくり返らないように地面に固定するようになっているので荷車が簡単に移動できないというデメリットもあったりするがメリットから比べるとささやかなものだ。
「よし、なら――」
「伝令!!伝令!!三千の軍が接近中!武装から正規軍かと思われます!旗は周!」
「周といえば周瑜の実家だけど……ここからだと遠いし違うわね。となると……誰か心当たりがある者はいる?」
「確か周昕という方が太守を務められていたかと……すいません。どこの太守かまでは記憶が……」
「周昕……知らない名前ね。問題は……」
味方か敵か。
味方にしては動きが早すぎるが、調練をしていた、別の敵と戦った、もしくは戦う予定だったなどが想定される。
敵ならタイミングがいいし、伏兵が発見できない理由にも納得がいく。
しかし――
「厄介ね。敵かどうか判別できないなんて」
確証がない。
確証がない以上は敵と想定して過剰に対応しては味方だったのに敵に転がる可能性がある。
誰が味方か敵か、現地の人間すらもわからなくなっているのだから。
「内乱の際には多々あることです」
と副官は闇を感じる言葉を漏らす。
「じゃあ対処法も知っているわね」
「もちろんです。伝令、その軍にはこのあたりで待機するように伝えよ」
手に持つ地図で場所を指し伝えると伝令は頭を下げて去っていく。
「なるほど、敵か味方かわからないなら関わらせないようにするのね」
「ええ、予測不能な事態が一番怖いので」