第三百四十三話
「さすがにあれは粛清して問題ないわよね」
腰に下げている剣を握り、今にも飛び出しかねない怒気の籠もった声が孫権から漏れ出す。
「ええ、問題ないでしょう。ただ粛清対象は三等親まででお願いします……それと前線に出ないでください」
「愚姉と同じような扱いをされるのは遺憾だわ」
なら今も握っている剣の柄から手を離してください。後、声がめっちゃ怖いです。と思ったが口にしない。勘気で斬る、などということはないが今でも仕事(孫権は中央の仕事を休まずに処理している)を一山押し付けられるぐらいはするだろうと思った副官は口を閉じた。(そしてそれを口にした場合は考えたとおりになったことだろう)
「周昕……首を洗って待っていなさい」
まるでコールタールのような粘り気のある声に対象ではないはずの副官は背筋を伸ばす。
そう、こちらに向かってきている目的不明の周という旗を掲げる軍団は敵だったのだ。
伝令は度重なる静止を促したが行軍を止めないため敵と断定し、対応した。
現在、孫権軍は叛徒達と交戦中、戦局そのものは有利。
陣を敷き、盾で受け、袁術軍のドクトリンである豊富な弩と弓によって矢の雨を降らせるという大体の軍が練度を気にせず負けない戦いを行っているのだから当然である。
問題は――
「不意討ちでこそないけど挟撃されるとわかっているのは気分が良くないわね」
周昕軍は孫権軍の後方からやってくることになる。
そこには輸送部隊がおり、きっちり陣を敷いて待ち構えているので大丈夫――
(だといいんだけど……)
周昕が太守であることがわかり、不安が過る。
今交戦中である叛徒達は圧倒的有利な状態で戦っていたので相手の強さにはあまり気にならなかったし、実際戦ってみてあまり優れた才を持つ者はいないようで平凡な戦いが繰り広げられていた。
しかし、問題の周昕は袁術が政権を握った後も太守を務めている人物である。
袁術政権はトップはいい加減そうに見えるが意外と実力主義の傾向が強い。厳密に言えば曹操のように優秀な者を引き立てるという徹底実力主義ではなく、職に対して能力が不足していないか要職の者は調査され、満たさないと判断された者は左遷や降格、もしくは将来を買って教育を施したりなどの対応し、そして能力を満たす者にすげ替えられた。
つまり、周昕は能力的には太守という職に袁術政権の基準を満たしている者ということだ。
(目の前の敵ほど楽観視はできないわね。私が輸送部隊の指揮を取れたら良かったんだけど)
輸送の押し付けを断ったことで心象が悪くなったようで方針には従うが指揮は分けることになった。
(今からでも強権で奪うべきかしら?でもこんな時に混乱を引き起こしそうなことをするのは悪手よね)
孫権はしばし考え、結局輸送部隊に対応は任せることにした。もし負けるにしても崩壊までは時間が掛かるだろうし、それからでも対処は可能だろうと結論づけた。
とはいえ注意しておかないと自分達の命に関わるため要監視である。