第三百五十一話
「むう、情報の集まりが悪いのぉ」
孫策の大体の動きこそわかるが、敵方の方の情報は数にバラつきがあるし、指揮官が誰もハッキリせん。何より肝心な捕捉そのものも跡切れ跡切れじゃ。大軍故に捕捉は難しくないはずなんじゃがのぉ。
「ですね~。でも多方面で争い事があると調べることが多くなっちゃいますから人手が足りないのはわかりますけど、万を超す軍を見失うというのはおかしな気がしますね」
どうやら七乃も同じ疑問を抱いたようじゃの。
「……もしや孫策達の間諜とかち合っておるのか?」
「その可能性はありますね」
(事実は半分はその通りであり、もう半分は劉備の間諜と入り乱れてお互いがお互い牽制しあって効率を落としているのだ。ただし、影は劉備達の間諜が混じっていることに気づいていない)
「……いっそ最低限の人員を残して引き上げさせるのもありかもしれんの」
孫策がたかが揚州の豪族と山越連合に遅れを取るとは思えんし、そもそも吾が行える支援は既にしておる。むしろ今出しゃばっては足を引っ張る可能性が高いか。騒ぎがあちらこちらに起こっておる現状、人材の再配置はありじゃの。
「それは良いかもしれませんね。でも孫策さん達を野放しにするのは大丈夫でしょうか」
「うーむ、孫策はのぉ。おそらく自分の限界を知っておるから問題ないと思うのじゃが」
そう、孫策は己が君として優れているとは思っておらんのじゃないかと吾は思っておる。なぜならもしそう思うなら吾の配下のままでおって吾を謀殺し、混乱に乗じて乗っ取ってしまった方が手っ取り早く最大勢力となれた可能性が高い。
無論、史実の董卓同様……いや、それ以上に難しい綱渡りが要求されるじゃろうが、それと引き換えに天下が手に入ると思えば安いものじゃろう。欲しい者にとってはの。
……吾、なぜ欲しくもない天下を取っておるんじゃろうな(遠目)……ハッ、いかんいかん、冷静に鑑みては正気が保てんぞ。ここは全力で目を逸らさねば!
そもそも原作孫策も天下を望んでおったわけではないしの。おそらく、現地の裏商会の情報網だけで事足りるはずじゃ。
「とはいえ、現場を知らぬ吾等が好き勝手しては現場が困るじゃろう。とりあえず忙しく走り回っておる魯粛と影の長である楽就に相談してみてからじゃな」
「じゃあ魯粛さんに連絡入れておきますね」
本当にゴタゴタ続きで吾と七乃が共におるだけで、他の者は忙しく駆け回っておる。以前までは吾の側には必ず他にも誰かおったんじゃがのぉ……ほんと、なぜ天下なんぞ取ったんじゃろ。
「お嬢様の敵を撃滅せよ!!」
「「「おおおお!!」」」
孫権の声を合図に兵士達は動き出す。
「孫権……ほどほどに、な?」
気合十分以上の孫権に心配そうに声を掛ける関羽。それはなぜか――
「ええ、ほどほどに族滅させてみせます!」
「族滅にほどほどもなにもないぞ!」
ちなみに族滅は言い過ぎではあるが、既にそれに等しいほどの粛清が行われている。ほぼ一族全体が反逆していたので当然といえば当然だが、この両者は同じ生真面目者であるが根に違いがある。
関羽は人情や道徳を重視するが孫権は法を重視する……というか袁術という法を重視する。そのため、敵なのだから容赦をする必要がないという孫権と恨み辛みを無用に買わなくてもいいという関羽の生真面目さの差が浮き彫りとなった。
しかし、本人等が意識していないがこの違いが飴と鞭として成立し、内へは引き締め、外へは打ち崩しとなった。
関羽の人徳に心を打たれ、孫権の冷徹さに畏怖とある種の尊敬を集めることに成功した。特に味方に関しては、今までは関羽だけであったため、冷酷さが足りず、軽く舐められていたのだが、玉虫色まで黒と決し、問答無用に処断する孫権が現れたことで関羽の優しさがありがたいものであるということを実感したのだった。
そんな違いがありはするが、孫権と関羽の関係性は変わりなく良好だ。今は仮の敵と戦っているため方向性の違いが生まれるが、真の敵(机の上にうず高く積まれた例のもの)を相手に共に戦い続けた戦友である。そんなことで引き裂かれるほど軟な繋がりではないのだ。
何より――
(孫権には損な役回りを押し付けてしまったが、やっと環境が整ったな)
事前の打ち合わせ通りなのである。
「それに孫権の用兵も様になっているし」
「そう言ってもらえると自信がつくわ。もちろん慢心するつもりはないけど」
とは言ってもやっていることは変わらない。陣を整え、圧倒的弓矢の物量で敵の陣と士気をズタズタにし、その後に轢き殺すものである。
「……孫策のこと、意識していないか?」
「愚姉を意識することがあるとすれば、お嬢様にご迷惑を掛けないか。その一点です」