第三百五十四話
「ハァ」
「雪蓮。いい加減にしないか。将がため息なんて士気に関わる」
「でも冥琳~……全然楽しくないのよ!やる気が出ないの!」
いつぞやのやり取りの焼き直しかのようだ。
「いいではないか。私達に被害が出るわけではなし、あの軍と言えるかどうかわからないような軍を率いることから比べると、観戦ぐらい安いものだろう?」
「それはそうなんだけど……」
劉備軍は既に叛乱軍と戦っている。
叛乱軍は劉備が根回しした者達とは別の派閥……端的に言えば敵対派閥で構成されている。自分達が乗っ取るために追い出したのだ。ご丁寧に軍資金や武具まで与えて。ちなみになぜ叛乱軍は追い出した派閥に刃を向けないかと言うと話は単純で、家族を人質にされているからだ。
そして劉備軍はというと……元は精強な軍だったのだろうことは整列や命令の反映速度から察することができる。しかし、問題は全員が全員痩せ細っていることだ。まるで乞食の集団、もしくは――
「本当に黄巾賊っぽいわよね~」
孫策達が想像していたよりも黄巾賊に近かった。特に君主に命を捧げるその精神と他者から奪って飢えを潤さんという姿勢が。
契約通り、孫策から兵糧支援はしている。だが、劉備軍の数は一万八千にもなり叛乱軍二万から比べると若干少ないが兵糧支援を行うとなると相応に兵糧が必要だ。
しかし、この自作自演にそれほど利がない、いや、踏み倒されて無駄に終わる可能性が極めて高いのに孫策達が腹一杯になるほどの兵糧を提供するわけもなく、必要最低限しか渡していないため、劉備軍は飢えで殺気立っている。
「本当に支援してよかったわね」
「ああ、アレがこちらに向かってきたらと思うとゾッとする」
「そうね」
劉備軍と叛乱軍の戦いはほぼ一方的に劉備軍が押し込んでいる。
練度と士気(飢え)で劉備軍は勢いが強く、叛乱軍と衝突して始めからこの調子だ。
叛乱軍の陣形はズタズタで既に敗走してもおかしくないような状態だが、それでも指揮は執れ、士気も後に引けないという劉備軍と同じく不退転の決意で維持できているため戦いになっているのが現状だ。
劉備軍にとっては既に負けが見えているのになぜ逃げないのかと焦っている様子が見て取れる。
言ったように劉備軍は兵糧も体力も余裕がないため短期で決着は望むところではあるのだが、ここまで粘られるのは計算外だった。
「あの調子では今日中に決着は無理だな。叛乱軍の気合いがここまで感じる」
「そうね。あれは死兵に近いわ……ああ、なんで私が先陣を切れないのよ~」
「君たるものが軽はずみに前線に出ようとするな!」
(それにしても劉備ちゃんは痩せてなかったし、この軍を率いる厳顔は前がどうだったのか知らないけど少なくとも大きく痩せた感じはしないし、鳳統ちゃんも……あ、痩せてはなかったけどフラフラしてたわね)
あの小さい体にどれだけ無理をさせているのか、と考えた時に目の前に周瑜がいるにも関わらず脳裏にも周瑜が現れ、体が大きいからと無理をさせていいわけではないのだが?ともっともな説教が響いてきて孫策は苦笑いを浮かべ、それを見たリアル周瑜は?を浮かべている。
(皆の笑顔のために……ねぇ?虚しい言葉ね。自分は何も削らず、他人にばかり身を削らせて実現しようなんて甘いんじゃない?)
君主たるもの軽々しく動くべきではない、というのは余裕があってこそで劉備にそんな余裕はない……はずなのだが、孫策から見ると劉備はまだまだ余裕があるように見えた。
(上と下の温度差が激しい……こういう時に起こるのが乱ね。うまく利用するか最低限、今回みたいに引きずり込まれる形にならないように注意しないと……私の戦争は私が決めないとね)