第三百六十一話
「久しぶりね。公瑾。息災なようで何より」
「ハッ、おかげさまをもちまして。仲謀様も御壮健で何よりでございます。関羽様もこの度は前触れもない訪問に応えていただきありがとうございます」
「いや、知らぬ仲ではあるまいし、ちょうど時が許したので問題はない」
関羽は将軍位を受けており、孫権の現在の公式の立場は関羽の補佐となっているため周瑜よりも上であることもあって公式の場ということで堅苦しい挨拶を交わし、訪問理由の表向きの理由として豫章と会稽の南部の状況と新たなに任せた太守の情報などを報告して、早々に解散。場所を関羽達の執務室に移して非公式の場となった。
「本当に久しぶりね。公瑾」
周瑜は孫権の言葉を聞いて色々察した。
周瑜は孫権に真名を預けている。にも関わらず挨拶で真名を呼ばないということは共にいる関羽が信用できないか、周瑜に思うところがあるのかのどちらかである。
(関羽殿との関係は良好なように見えるし、そもそも声に棘がある……となれば私に、私達に思うところがあるということか、まぁ当然だな)
時が随分と経ったが、恩を受けながら急に出奔し、孫権は置いていかれたのだから思うところが無いわけがない。もっとも置いていかれたことは今となっては感謝しているがそれとこれとは別である。
「はい。お久しぶりです」
「それで戦後処理で忙しいはずの公瑾がここに来たの?それとも公瑾が抜けられるほどの文官が揃っているのかしら?」
孫権の目がキラリと光。
もし余裕があるのなら引き抜きますよ?今なら報酬百倍は堅いですよ?残業代も出ますよ?夜の油も使い放題。冬は暖炉、夏は氷も使い放題だ。ただし安らかな夜は訪れるかは……。
しかし、その強い眼差しを周瑜は――
(劉備のことが知れたか?いや、それならもっと敵対的な姿勢を示すはず。疑われているならもっと気づかれにくく探りを入れてくるか)
と、ちょっと的の外れたことを考えていた。
そもそも孫権が劉備のことを知っていたなら既に軍を動かしていただろう。お嬢様の二番目の敵なのだから。(一番は行方知れずの北郷一刀だ)
「まずは揚州を鎮めたことへの祝儀が一つ」
「失敗よりはいいのだけど、祝われるのも皮肉に聞こえるわね」
ため息交じりに孫権は漏らす。
そもそも叛乱を起こされたことそのものが統治者側からすれば不名誉なことである。未然に防ぐことこそが当然なのだ。だからこそ孫権は武功を誇ることもなければ祝われても嬉しくは思えなかった。
(蓮華様はすっかり統治者と御成になったようだ)
孫権の成長を嬉しく思う反面――
(雪蓮……このままだと大きく突き放されることになりかねんぞ)
孫策と孫権は統治者として方向性が違う。それは確かだが、それを差し引いても差が広がっている気がする周瑜だった。
「ついでこの度任せられた豫章と会稽の南部への恩赦を頂きたいのです」
言葉を繕っているが、平たく言うと袁術の経済圏に居させてくださいというお願いである。
今回の叛乱は切っ掛けははっきりしない(劉備達の失敗であることは漏れていない)ため私利私欲の叛乱という可能性が濃厚だと判断していた。
だからこそ無慈悲な制裁が行われる可能性があった。
選択の一つとして可能性が高いのが商会の撤退である。
「それは問題ないわ。お嬢様は寛容ですから叛乱を起こした当事者ならともかく、一般市民にまで影響が出るほど見放すつもりは毛先ほども考えていません」
自身の仕事が増えたにも関わらず、なんと器が大きい。さすがお嬢様。と孫権は心の中で付け加える。
さすがに身内に対してはともかく、今は部外者である周瑜の前では孫権はお嬢様節を自重した。
「次に揚州の人脈を繋ぎに」
「それはそうよね」
「最後に中央に関しての情報を直接仲謀様や関羽殿に伺いたく直接私が参じました」
「……正直どれもこれも別に公瑾がする必要はなさそうだけど……まぁとりあえずはそれで納得しておくわ」