第三百六十八話
今が朝か夜かわからない。
現実か夢の中なのかすらわからない。
自室か執務室か会議室かもわからない。
自画自賛になるが体力には自信があった。
武の頂は高く、諦めたわけではないけど長所を作ろうと考え、実践した。
袁術様が考案したという水で濡らした布で口周りを覆ったり、腕や足の付け根を縛る怪し気な鍛錬も行い、確かに体力が身についたと実感していた。
なのに前後不覚になるほど追い詰められている。
「楽進、生きておるかー?」
私を呼ぶ声が聞こえる。
その声の持ち主は小さい、可愛い、お嬢様、という言葉が似合う、袁術様。しかし、その目は全て(の書類)を見通し、手は踊るように(書類とともに)舞う。
いっそ、武術の形稽古のようだ。
「袁術様……」
「なんじゃ~?」
「いつもこのようなことを?」
「まぁ大体そうじゃの。というか吾だけでなく、この場におる者達は皆等しくそうじゃぞ」
私は自惚れていたのだろうか。
街の治安を守っていると思っていた。
しかし、私の働きなど本当にささやかなものでしかないという気がしてならない。
真に街を……国を守っているのは目の前にいる彼女達なのだ。
「限界なら少し体を動かしてくると良いぞ。慣れぬ仕事ゆえ自分が何で疲弊しておるかわかっておらんじゃろう。その疲弊は体力的なものではなく、精神から来るものじゃ。関羽や孫権などは合間によく鍛錬をしておったぞ。曰く頭がスッキリするらしい」
「なるほど……では少し失礼します」
「ゆっくりしても良いから帰ってくるんじゃぞ~」
その言葉の裏にはそのまま逃亡してしまう者が跡を絶たないという意味だと言うことを後日聞いて、さもありなんと思ったのは仕方ないことだろう。
「……ここは……戦場なのか」
ここに来る前まで犯罪を取り締まったり、事故の処理をしたり、悩み事を聴いたりと忙しくもあったが、充実した毎日を過ごしていた。
「ここは地獄だ、とよく噂されていたが大げさな話だと思っていたんだが」
袁術様が筆頭である以上、それほど酷いことになっているとは考えられなかった。
「実際は噂話が真実に近かったとは」
笑いたくなったが、そこに身を置くことになると笑うに笑えない。
「だが――」
少しでもお力になれるのなら励まない理由はない。
「とりあえず、溜まっている仕事を減らすことから重視するとしたなら今まで行ってきた警邏隊から上がってくるものと軍関係のものを先に処理してしまおう」
形稽古を行いながら戻ってからやることの優先順位を組み立てる。
袁術様の言う通り、疲れていたのは身体ではなく心であることが実感できた。こんな単純なことすらも思い至らないぐらいに追い詰められていたのか。
戦場では平常心が大事というが、そのとおりだなと改めて実感する。
「特に軍関係を担当していた紀霊様、関羽様、孫権様がいないことで多めに溜まっているようだし」
一通り考えをまとめ終わり、身体も心も軽くなった――
「では、逝くとするか」
私の新たな戦場へ足を踏み出した。
真桜と沙和にも手伝わせるように進言しようか、悩むな。