第三百六十九話
事件が発生した。
場所は洛陽の政庁の一角。
「立てこもり犯に告げます。あなたは完全に包囲されています。大人しく投降してください」
周泰が部屋に立てこもる人間に語りかける。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
それに返ってきた言葉は、言葉という形になっておらず、明らかに異常をきたしている人間のものだった。
にも関わらず周泰の表情には感情が浮かばない。
「大人しく投降するなら事情次第では減刑されることでしょう。ですので大人しく出てきてください」
「うるせぇ!■○▲※?!∈∬」
最初の言葉以外は何を言っているか理解できなかったが、とりあえず、投降する意思がないことだけは伝わった。
「あなたもわかっているでしょう。逃げることは不可能です」
「なら、これがどうなってもいいってんだな!」
立てこもり犯はこれ見よがしに質をとった。
それでも周泰は冷静な姿勢で、立てこもり犯に言葉を投げかける。
「わかりました。では、あなたの罪を数えますのでお好きな時に投降してください。――大丈夫です。死刑なんてことにはなりません」
それは最後通牒だった。
「一つ」
ドサッ。
「ア」
「二つ」
ドサドサッ。
「ア、アア……」
「三つ」
ドサドサドサッ。
「や、やめてくれ!」
「四つ」
ドサドサドサドサッ。
「お、おい!これがどうなってもいいのか!燃やすぞ!燃やしちまうぞ!」
「五つ」
ドサドサドサドサドサッ。
「ヒィ?!」
「燃やしても問題ありませんよ。その分だけあなたの罪が増えるだけですから」
ドサドサドサドサドサドドドサッ。
「今!数えてないのに増えた!しかもなんか明らかに多かっ――」
「十」
ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドドドサッ。
「と、飛ばし――い、いや、わ、わかった。投降する。投降するからこれ以上、仕事を増やさないでくれえぇ」
「では、所定の部屋に戻り、業務を全うしてください。その質(書類)は確認のため一度こちらで預かります」
「私は……私はただ、休みたかっただけ――」
「連行してください」
「ハッ!」
今日もこうして政庁の平和が守られているのだった。
<立てこもり犯が連行された先>
「おう。無駄な抵抗お疲れさん」
「乙です」
「情けない。立てこもるなら周泰ちゃんに踏んでもらうぐらいの気概を見せてほしいものだな」
「まぁ慣れない内はきついよなぁ」
「慣れてもきついだろ」
「おっと、一本取られたな。書類を進呈しよう」
「いるかボケ。むしろこっちのをお前がやれよ」
歴戦の勇士達にとってはこの程度の事件は日常にしか過ぎない。
「でもさ。これだけ帰れないと嫁が浮気してないか心配だよなぁ」
「いらん心配だな」
「あ?!なんだと!?」
「ここで働く者達は特典がつくのは知っているな。その中に働く者を蔑ろにする家族、親族が現れないように目を配られている」
「へー、そうだったのか」
「……おい、それって俺達が逃げられないように監視――」
「暖かく見守られているんだから文句は言えないよな」
「…………そんなことに力を入れる前に休みをください」
「それな」
「ちなみに浮気しようとした嫁は十日ほど連行され、帰って来た時にはわがまま放題だったのにすっかり従順になっていたそうだぞ」
「…………さて、今日も俺の判子が唸るぜ!」