第三十六話
「ハァ、ハァ、ハァ……この……子達……元気過ぎ……る」
孫権の台詞がエロすぎる件について。
ここは才能を見込んだ者達だけの孤児院じゃからな。
運動能力が高いのは当然じゃな。なにせ年が一桁の頃から『気』を使うことができる者がおるくらいじゃからな。
この世界の気という力は理不尽じゃ。
覚醒せぬ者は死ぬまで覚醒せぬし、覚醒する者は生まれてすぐから覚醒していることもあるし、少し教えた程度で習得する者もおる。
それは女性の方が覚醒率が高い。このあたりが女尊男卑の源じゃろう。
万夫不当や一騎当千などと呼ばれる将は基本的に気を使っておる。意識してか無意識なのかは別の話じゃがな。
意識的に使っておる代表は楽進じゃな。気功弾を普通に撃っておるし。他にも黄蓋などもそうじゃな。
ちなみに意識的に使うのと無意識に使うのとでは随分効果が違うと聞いておる。
無意識に気を使っておる者は身体能力向上にのみ使われ、意識的に気を使う者は集中力が高まり易くなったり武器に気を纏わせたり他者に気を送って害を与えたり治癒したりできる。
こう聞くと意識的に使う方がいいように聞こえるがなぜか無意識に使っておる者に比べると気の総量と身体能力向上の度合いが低くなる傾向にあるそうじゃ。だから孫策や関羽などに楽進や黄蓋が敵わんのじゃろう。
話が逸れたが、つまりこの孤児院にはエリート中のエリート、問題児中の問題児ばかりおるのじゃから世話が大変で当然じゃな。
「ひゃあ?!」
机に疲れて、のべ〜っと伸びて伏しておる孫権が露出しておる腹を撫でられ可愛い悲鳴が聞こえる。
子供達も孫権の反応が楽しくてついついやってしまうようじゃな。気持ちはわかるが……そろそろ孫権が限界かのぉ。
助け舟を出してやるかの。
「これこれ、それほどしつこくやってはならんぞ。女の子には優しくせん悪い子は紀霊紀霊されるぞ」
「「「「ひいぃ」」」」
慌てて逃げる者、直立不動で敬礼する者、色々と漏らす者、泣き出す者、ガタガタ震えながら蹲る者など、反応は様々じゃな。
……うん、気持ちはわかるぞ。
「紀霊様は何をしたの?」
「聞かぬが花じゃ。こやつらの名誉もあるし、吾も少しトラウマじゃからな」
「虎馬?」
「心の傷のことじゃよ」
「……無法者とも言えるこの子達がこんなになるなんて……本当に何をしたのよ」
世の中知らぬ方が幸せなことがあるのじゃ。漢の腐りきった官僚共とかの……まぁ孫策や周瑜から見たら吾自身も無能な官僚じゃろうがな。
さて、このような状態になっては遊ぶにならぬから退散するとするか。
「……お嬢様が切っ掛けでこうなったのですが……しかし、助かりました」
照れておる孫権も可愛い、可愛いは正義なのじゃ!
「このまま帰るにはちと惜しいのぉ。市を見て周るとするか」
孫権は肯定も否定もせず付いてくる。
おそらく疲れたし仕事的にも早く帰りたいという思いとせっかく街に来たのだから見て周りたいという思いがせめぎ合った結果が沈黙なんじゃろう。
小腹が空いたので最近流行っておるという茶屋……いや、至って普通の喫茶店的な意味での茶屋じゃぞ?決して色茶屋ではないぞ!……一体誰に言い訳をしておるんじゃ、吾は。
「蜂蜜饅頭に蜂蜜紅茶、蜂蜜飴に蜂蜜飯…………いや、さすがに最後のはどうなんじゃ?」
蜂蜜とご飯は合わんじゃろ。
いや、しかし……蜂蜜に関わるメニューを敬遠するのは学生時代の何処かのゴジラを全打席敬遠しておるような気分になるしのぉ。
「こんなところまで蜂蜜が……しかもなんですか、この値段は……」
ん?蜂蜜を使っておるにしてはリーズナブルじゃと思うが……まだ入って間もない孫権ではわからぬか。(袁術の金銭感覚が狂い過ぎているだけである)
このぐらいであれば……時給ぐらいで食べれるのではないか?(美羽ちゃんの金銭感覚——以下略)
「ん?当然じゃろ。吾の街じゃぞ?」
「ソウデスネー」
なんじゃ、その尊敬の欠片もない相槌は……ん?蜂蜜面包?なんじゃこれは?むむむ……気になる……これにするかの。孫権はどれにするのじゃ?
「私は蜂蜜紅茶だけで」
「……では、吾は蜂蜜面包二つと蜂蜜小瓶二つ、温牛乳を頼む」
「そんなに食べると夕飯が——」
「一つは孫権の分じゃ」
「え?」
「ん?……ああ、会計は全て吾に任せておくのじゃ。臣下の食事代ぐらい吾が出すぞ」
「あ、ありがとうございます」
(う、嬉しいけど……太らないかしら……関羽に……いえ、甘寧に訓練をつけてもらおう)
「今、太らぬか心配しておったじゃろ?」
「うっ」
「やはりか。まぁ美味いものは脂肪と糖でできているという名言があるぐらいじゃからな」
「……誰ですか、そんなうまいこと言ったのは」
「吾じゃな!」
本当は未来の広告の一言じゃが、ここでは吾ということでいいじゃろ。現代じゃと著作権で怖い人が来るかもじゃな。……台詞などの短いものは著作権にならんのじゃったか?
ちなみに別にこのキャッチコピーの元である商品を勧めるわけではないが、本当に核心をついておると思うぞ。
吾の好きな蜂蜜はもちろんとして米、肉、魚(一般的に旬という時期は脂が多い)、果物(甘くしている物は糖が多い)と本当に現代社会の食べ物は脂肪と糖が多いのぉ。
そういえば中華料理は脂が多いことで有名な料理とされておるな。
もっとも結局はバランスの良い食事を心掛けることが一番いいのじゃ。広告に騙されて偏った食事はいかんぞ?吾との約束じゃ!
……え?蜂蜜を偏って食べておる吾が言っても説得力がない?
……………
…………
………
……
…
「さて、蜂蜜面包とはなんじゃろな……と、言っておったら来たか……ってこれは……」
「饅頭の一種のようね」
いや、何処からどう見てもハニートーストじゃろ。
多少膨らみが足らぬが間違いなくパン……しかも食パンじゃ。
しかも、パンの内側にちゃんと切れ込みを入れておるとは……これはシェフに是非作り方を吐かせ——尋ねなければならぬ。
いや、今はとりあえずこのハニートーストを食すのに全神経を注がねば。
「いただきます」
まずは一口。
…………
「美味しい」
ふん、孫権の舌では満足するか。
「惜しいのぉ。惜しい」
「……何か足りないものが?」
「うむ、膨らみが足らず、蜂蜜の味が染み込みきっておらぬ……のは仕方ない、しかし蜂蜜が二流と三流の間程度のものじゃな。この値段であるから仕方ないのかもしれぬが……惜しいのぉ」
(言われてみればそうかもしれない……紀霊様から聞いてはいたけど、お嬢様の舌は凄いわね。私では満足して終わっていたわ。蜂蜜への執念を感じる)
吾の下で修行を積めば立派なハニーコックマイスターとなることは間違いなかろう。
これは是が非でも連れて行かねばならんな!