第三十七話
ハニートーストを自力で開発した店主を金で頬を叩いて引き抜くことに成功したぞ!
隣におった孫権の目が段々と死んだようになっておったがなぜじゃろ?給金の額に関してか?しかしおぬしら孫家の……いや、孫権に払っておる額からすると端金じゃぞ。まぁ、たかが料理人に払う額ではないじゃろうがな。
さて、そろそろ城へ帰ると……ん?
「あそこにおるのは……」
「……姉様……いったい何をしているのですか」
お、おおぉ、孫権から華琳ちゃんや孫策に負けぬほどの覇気を感じるぞ。
さすが孫堅の娘よ……しかしじゃな……使い所が間違っておらんか?いくら真っ昼間で、勤務中であるはず実の姉が——
「は、は〜い、こんなところで会うなんて、き、奇遇ねぇ」
右手に杯(さかづき)、左手に酒壺を携えておっても、じゃ。
「姉様!また仕事を抜け出したのですか!」
「ちゃんと仕事は片付けたわよ……冥琳が」
「それにまだ禁酒は解かれていないはずです!」
うむ、その通りじゃな。
まだ一週間ほど残っておるはずじゃ。
「大丈夫よー、誰も見たないから」
「ここに申し渡した張本人がいるでしょう!」
「あ」
気づくのが遅過ぎるじゃろ。
「まぁ吾は別にいいんじゃがな」
「おお、袁術ちゃん太っ腹!」
「お嬢様!」
孫権よ。おぬしは知らんじゃろうな。
そもそも罰とは他者に見せつけるためというのもあるが、基本的にはその者の反省を促すものじゃ。
それを破り、反省がない場合は無理やり罰を与えたとしても意味など無い。
何より……人を叱るというのは相手を思って叱るのじゃ。つまり、吾が叱らぬのは……孫策を叱るほどの情がないということじゃ。
何度言っても治らぬことを言い続けるほど吾は暇ではないからの。
だからと言って孫策を嫌っておるわけではないぞ。『前世的に』『女として』『キャラとして』は好きじゃぞ。
ただし、吾基準では『臣下として』『当主として』は不合格じゃ。
まぁ、端的に言うと諦めておるんじゃがな。
「……悪かったわよ」
どうやら吾と孫権の視線を受け、さすがに居心地が悪くなったのか、謝罪をしてくる。
まぁ、禁酒と言い渡したが見張りは城内だけ(わざわざ城外まで見張らせるなんて労働力の無駄じゃからな)だったから気を抜いたんじゃろう。
警邏隊には気をつけておったようじゃが、民衆から目撃情報が上げられておったから禁酒を破っておることを把握しておるんじゃがの。もちろん魯粛や七乃もな。
「策殿、つまみを買って——」
「祭、貴女まで……」
「権殿?!いや、これは、その、じゃな……」
ふむ、今度は黄蓋か……手には美味そうな鳥肉の燻製を持っておるのぉ。大きさから察するに鴨かのぉ?いや、アヒルかもしれんな。肉付きからハトではないの。
日本と違って鳥肉=鶏という常識は通じんからな。偶に烏も食卓にあがるあたりさすが中国じゃな。
今のところ犬肉や猿の脳みそなどは口にしたことがない……と言うかそういうのは七乃に除けてもらっておる。食わず嫌い?さすがに元日本人としては食べるのに抵抗があるんじゃから仕方なかろう。
「まさか……祭まで周瑜に仕事を押し付けているんじゃ……」
「そ、そんなことはせんぞ。儂は半分ぐらいはやっておる!」
いや、それ、半分しか仕事しておらんと自白しておるのと同じなんじゃが?つまりもう半分は周瑜に押し付けておるということじゃろう……まさか本当にやっておらんだけでじゃなかろうな?
ああ、孫権の目がつり上がってゆく。
孫権は間違いなく、周瑜を継ぐ、孫家の苦労人じゃな。
「……お嬢様、急ですが城へ帰っていいでしょうか?」
「う、うむ、結構遊んだしそろそろ帰るとするか。今日は紀霊もおるし、交代次第今日はあがって良いぞ」
「心遣い感謝します」
やはり周瑜を助けに行くのじゃな。
しかし……覚悟は出来ておるのか、孫権よ。おそらくその先は地獄じゃぞ。
まぁ、紀霊と交代してくれれば吾も仕事を早く始められるから睡眠時間が確保できるから嬉しいが。
「それに比べて……」
「な、なによ」
いや、そんなに威嚇するように吠えてものぉ……。
「戦争がない時の虎は平時では猫じゃな」
「なっ?!」
孫権はどちらかというと犬じゃよなぁ。
さて、とっとと帰らなくては孫権に八つ当たりされかねんから早々に帰路につく。
何やら後ろでにゃんこが騒いでおるがスルーじゃ。
「孫権よ。おぬしは孫策の武を目指さず、おぬしはおぬしの道を探すのじゃ。孫策は戦場があってこそ輝く存在なのじゃから」
「……そう、なんでしょうね」
今、孫権と孫策の立場は上下関係が存在しておらん。
孫権は吾付きの使用人、孫策は客将、どちらも勤務歴に変わりはなく、同僚とそう変わらん立ち位置じゃ。そのため立派な当主の姉だけではなく、職場が同じ、同僚の姉も見えてきたんじゃろう。
そうすると、当主としてはあの荒々しい性格もカリスマと受け取ってしまうところが、同僚と見た途端欠点だらけで憧れという自身で作った壁が揺らいだんじゃなかろうか。
ぶっちゃけて言うと孫権が当主で孫策が切り込み隊長、将軍の方がしっくり来るからのぉ。
(これから先、ガンガン外来語を使いますがご容赦ください)
くあぁ……結局徹夜じゃったなぁ。
以前まで商会の仕事は魯家に任せておったが、商会券を発行し始めてこちらでも政府としても対応せねばならんことが増えてきたのじゃ。
感覚的には、その対処分だけ睡眠時間が削られるような気がするのぉ。
む、あそこにおるのは三羽烏ではないか。なにかモメておるようじゃな。
「凪ちゃん凪ちゃん、一緒に行くの。せっかくチケットを手に入れたんだからもったいないのぉ!」
「そうは言ってもその日は仕事があるんだ」
「たまには休んで気晴らしも必要やと思うで、凪はここんところ休んでおらんやろ?」
チケット、じゃと?
「最近流行りの数え役満シスターズのチケットなの!行かないと損なの!」
ブッ、まさかの黄巾の首謀者達、じゃと?!
「ふむ、吾も興味があるのぉ」
「え、袁術様?!気付かず失礼しました!」
「あ、袁術ちゃん、おっはーなの」
「袁術様、おはようさんや」
相変わらず堅苦しい楽進に柔らかすぎる于禁じゃな。
一番非常識な格好をしておる李典が一番普通に近いというのは興味深いのぉ。
「話は聞いておったぞ。ならば吾も同行するので楽進は護衛として一緒に来るのじゃ」
「え、でもチケットは三枚しかあらへんで」
「ふっ、何を言っておるんじゃ。この吾がそのようなものを手に入れれんと思うのかや」
「数え役満シスターズはファンが多いから自由になる数が少ないからいくらお金を出しても手に入らないの!」
「その程度ならどうとでもできるわ!まぁ見ておれ」
まずは手始めにして本命の商会を通して譲ってくれる者を探す。
ちなみに販売当時の価格より百倍で探してみたのじゃが……まさかの入手が不可。
いやいや、一生を生活できるほどの金額で売らぬとかどうなっておるんじゃ。
確かにこれほどの熱の入れようであるならば黄巾の乱を起こすに至ったのも理解ができんでもない・
しかし、このままではあれほど堂々と宣言しておいてやっぱり手に入りませんでした、ではかっこ悪すぎるのじゃ。
……よし、商会にはこのまま買取ができないか交渉を続けてもらうとして、吾は次の手を打っておくのじゃ。
まずは于禁にコンサートがいつ、どこで行われるかを聞く。
人数が多いので野外ライブらしいが……よく声が届くのぉ。雨天は中止という話じゃがこの季節はあまり雨が降らんから大丈夫じゃろう。
ふっふっふっふ、吾の力、とくと見るが良い!