第三百七十九話
「これでなんとか動くことができます」
諸葛亮はやっと呼吸が出来たとばかりの表情で言う。
いや、ある意味で呼吸が止まっていたのだ。それは諸葛亮の、ではなく益州の呼吸が、である。
何をするにしても必要なのが人、時間、食料、金だ。
人はいた。有能という意味ではなく、好きに使える人という意味で、だが。
しかしそれだけだった。
食料はなく、金もなく、それに引き摺られるように時間も削られていく。
今回の叛乱で得た領地のおかげで物流が復活し、なんとか浅い浅い呼吸ができるようになった。
「次……次の手を打たなくちゃ……」
だが、諸葛亮の頭脳を持ってしても次の策はなかなか浮かばなかった。
どちらかというと内政重視の諸葛亮にとって、益州で行える政策はほとんどなかった。税もギリギリまで引き上げているし、賦役(戸籍登録されている民に課せられる公的ボランティア)に限っては定められている日数を大幅に超え、自主的に活動している者が多い……というかそれに支えられていると言っても過言ではない。
しかし、だからこそ呼吸ができても身体を動かすことができない。既にその身体は疲労困憊で病に侵されているような状態なのだから。
大規模な密偵(半分以上潜んでいない)放出という戦争から比べると遥かに負担が小さい作戦だったが、それだけで既に一杯一杯なのが現状だ。
「袁紹さんにまた援助してもらえたのは大きいですけど」
実は今回の物流復活の恩恵を得ているのは袁紹だったりする。
袁紹の領地は益州の南の玄関口である南中だ。そして大量の食料を運び込むのに使われる手段といえば船輸送である以上、益州から一番近い南の海から上がってくる食料はほぼ全て南中に集められる。
孫策の領地は益州から離れていたため通過地でしかなかったが、袁紹の領地である南中は益州の南であることから集積地となり、そこから益州南部の各地へと流れていくことになった。
集積地というのは通過地と比べると天と地ほどの差がある収益を叩き出す。
元々袁紹の領地は劉備達に寄生されているものの、袁術が妨害しないことや本人の黄金律、なんだかんだ言って名門である袁家の家臣団などもあってその領地運営が順調だったこともあり、急に復活した物流の波に対応できたことが大きかった。
だからこそ劉備達に返ってくるあてもない援助をすることもできたのだ。……まぁそうしないと力尽くで奪いに来るだろうという沮授と田豊の忠言を聞き入れた結果だが。
だが……だが、まだ足りない。動けない。しかし――
「このままでは不測の事態が何か起これば崩れてしまう……」
今のままなら本当に緩やかではあるが経済回復が見込める。しかし、現在の益州は劉備達幹部以外の民は袁術達のブラック業態のような状態であるため長い時間を掛けて回復するのを待つとなると民の不満が溜まり、次は益州で蜂起することになりかねなので時間を掛けることができない。
「なんとかしないとなんとかしないとなんとかしないと……」
こうして改善傾向にも関わらず眠れぬ日々が続く諸葛亮であった。