第三十九話
「みんな大好き——」
「「「「「てんほーちゃーーーーーん!」」」」」
「みんなの妹——」
「「「「「ちーほーちゃーーーーーん!」」」」」
「とっても可愛い——」
「「「「「れんほーちゃーーーーーん!」」」」」
聞いての通りコンサートが始まったのじゃ。
もちろん吾らも掛け声に参加しておるぞ。タダで見ておるとはいえ、ここは乗らねばマナー違反じゃろ。
しかし、よく考えたものじゃ。
この掛け声と合いの手はチケットの裏に書かれており、更に入場する時にもらうパンフレットにまで書かれておる。他にも張角……天和が両手を広げたら一緒に歌うように、そしてその歌詞などが書かれておる。
コンサートでは一体感は大事じゃ。この時代にそれを理解し、実践する旅芸人がおるとは思えんが……やはり太平要術に書かれておるのじゃろうか。
問題はこの手法はこの時代においては革新的であり、一種の洗脳のような効果を生み出すには十分なようじゃな。
ここから李典と于禁、そして楽進が吾と一緒にいるため余った席を埋めた魯粛が楽しそうにしているのを見ると尚更思う。
それに傍に控える楽進と少数の親衛隊も楽しそうじゃ。
賭博や酒などといった破滅的要素を含むものではなく、ただ単純に楽しむだけの娯楽は少ない。
南陽では芸人はそれほど珍しくはない。洛陽や長安に匹敵する都会じゃから文明の匂いは強いんじゃが都会から外れれば外れるほど文明の匂いは薄まる。
そんなところにこやつらが訪れればどうなるかは容易く想像できるのぉ。
やはり黄巾の乱に巻き込まれたのは自業自得ではないか?
「大陸、取るわよ!」
……あ、これ、やばいやつじゃ。
張宝……この場合地和で良いか……絶対何も考えずに言いおったな。
本人のノリで言った発言とは裏腹に会場の客はざわついておる。
魯粛も険しい顔でこちらを見ておる。
吾が察しておることに気づいたようで、こちらに向かってきておるな。
ちなみに李典と于禁は気づいておらんようじゃが。
ハァ、これから黄巾の乱スタートか。一応原作スタート、と言っていいのかのぉ。
「まさか吾の膝下でこのようなことになろうとは……」
あ、そういえばそもそも黄巾の乱の始まりは南陽じゃった?!
つまりこれは原作通りの展開ということか?!
櫓に魯粛が登ってきたところで楽進に少し席を外させて話をする。
「どう動かれるおつもりですか。このままでは大変なことになるかと……始末しますか」
「ふむ、扇動罪で裁くこともできるが……そうすると吾を怨む者も出てこような」
そうするといい加減我慢の限界に近づいてきておる民衆の不満が爆発する可能性がある。
南陽では善政をしておるつもりじゃから小規模かもしれんが他はそうはいかんじゃろう。つまりこのまま張角達を罰しようが、無視しようがあまり関係ないのではないか。
「……そうですね。可能性は高いと思われます」
まぁ腐った輩が多いからのぉ。民衆の暴動を起こしたい気持ちはわからんではない。
ここで張角達を討つメリットデメリットは……ふむ。
「もういっそ泳がせるのじゃ」
「良いのですか?」
「うむ、このままでは暴動が……いや、おそらく大規模な一揆が起こるじゃろう。となれば明確な頭が存在した方が決着がつけやすかろう?」
「なるほど」
もし張角達を今始末しては旗頭が不在、もしくは複数になってしまう可能性が高いのじゃ。
それに比べると張角を生かしておけば頭が明確になるから『勝利条件』が分かりやすくなる。
実際、原作では張角が討たれると一気に鎮圧に向かった……らしい。あまり細かな描写がなかったので正確にはわからんがな。
「では、いっそのことこちらから積極的に働きかけますか……ああ、いえ、商会を万全な態勢に整えてからにすべきですね。暴動と略奪は一纏めですから」
「む、そうじゃな。そこまで考え至っておらなんだ」
黄巾の乱は元々貧困が原因である以上モラルなど期待するだけ無駄というものじゃ。そもそも現代でもそうなのじゃから古代で中国ともなれば至極当然じゃな。
しかし、そうなると商会を広げたのは痛いのぉ。自領で守るならばともかく、他領ともなると難易度は上がる。
護衛を雇うというのは問題ないが、黄巾の乱に備えてとなるとそれなりの数を用意せねばならんがのじゃが、そうなるとその地の豪族達にいらぬ誤解を与えてしまう可能性がある。
どうしたものか。
「これから忙しくなりそうですね」
不本意ではあるがの。
あれからまだ大きく目立った動きはない。
ただし、南陽では目立った動きはないが南荊州で起こっていた反乱者達が黄色い頭巾を被ったり、北荊州でも黄色い頭巾を被った賊が多数現れ始めた。
ちなみに張角達は既に別の地へと移動しておる。
向かう方向は洛陽を通り東へ、つまり黄巾の主力を集いに行くわけじゃな。本人達は無意識じゃろうがな。
「どうやらこの黄色い頭巾を被ったならず者達はお嬢様の威光を恐れて近づいて来ないよですねー」
「ふむ、南陽から発生せんのは良いことじゃ。商会の状況はどうじゃ」
「商会の支店を密集させて増やすことで護衛も増やすことができたので万を超えなければ凌げるはずですよー」
支店の要塞化も順調ですー、と七乃が報告する。
ほとんどボランティアのような支店は撤退させ、重要地へ合流させることで防衛地を減らし、支店が多くなれば護衛の数も増える。
そして多額の投資を行い、豪族達にも協力させ、緊急時の避難先とする支店を要塞化するように手を打った。
重要度によって要塞化の度合いが違うが、最重要地は州都などより立派な要塞と化しておるらしい。
黄巾の乱が終われば売り払うことも視野に入れておこう。
「劉表の対応はどうなっておる」
「賊の神出鬼没さに翻弄されているようです。戦えば敗けることはないでしょうが、戦えなければ勝てません。劉表様がいくら無能とはいえ、賊と接触することすらままならないようなので、賊側に優れた者がいるのではないでしょうか」
ふむ、南陽の黄巾といえば張曼成じゃが、あやつは以前にも言った通りウチの警備隊長をしておるから違うの。
ならば誰か……黄巾の有能といえば波才、廖化、周倉……ぐらいかのぉ?張燕も有能じゃがあやつは黄巾とは別の賊なはずじゃ。
他の者達も担当する場所が違うはずじゃ……位置関係からすると……馬元義かの?
本来なら張曼成が南陽で陽動、馬元義か洛陽制圧する目的であったが張曼成が欠けておるから馬元義が荊州で戦っておるのかもしれん。
本格的な戦乱の足音が聞こえてきたのぉ。