第四十話
「初めてお目にかかります。袁遺伯業と申します」
「うむ、初めてじゃの従兄殿。そして揚州牧就任おめでとうなのじゃ」
「ありがとうございます。これも袁術様の御助力があってのことと感謝しております」
事前情報からお固いとは聞いておったが……確かに堅物っぽいのぉ。
皇甫嵩の爺ちゃんと李厳以来のまともな男キャラじゃ。
なぜ豪族や名門の男は下衆で下劣な奴ばかりなのか……荀彧が男嫌いなのも納得できるほどじゃ。
まぁ、女尊男卑なこの世界で金、もしくは能力で成り上がった男からすれば今までの怨み辛みがあるんじゃろうけどな。
「これこれ、ここは南陽ゆえ吾が上座に座っておるが従兄殿は州牧なのじゃから一太守にそれほどの礼は不要じゃぞ」
「いえ、これからもお力をお借りしなければならぬゆえ、ご容赦を」
まぁ、ここに来たのも揚州の州都である寿春に入るための資金と兵を貸して欲しいということで来たんじゃから肩身が狭いのはわかるが。
寿春へ向かうまでの陸路は黄巾ではない賊が多く存在する。
商会が揚州への交易路として使っておるのは基本的に水路であり、河賊の取り込みに成功しているので危険は少なく、立地の良い河辺の村は商会の支店を設置して治安維持に務めるという形で安全で安定の交易路を確保しておる。
陸路の治安維持はさすがに他州の太守如きが手を出す仕事ではないからのぉ。
「実家の力を借りた方が良かったのではないか?」
「公務ですので私兵を動かすわけには参りません……それに袁家の兵はあまり質がいいとは言えません」
おお、意外と辛辣じゃのぉ。
自分で勧めたとはいえ、袁家に頼るのは悪手じゃろうな。
袁遺が言ったように袁家の兵は賊なのか兵なのかわからん奴らが多いからのぉ。何より袁家の力を借りるといらん屑を雇用せねばならんし、安定したら何倍もの金を請求してくる悪徳業者じゃからのぉ。
ま、その何倍もの請求を更に何倍も稼ぎ出す吾が一番最強なのは間違いなしじゃな。
「ふむ、では……とりあえず一億貫と……兵士は三千ほどで良いか?」
「い、一億?!三千?!」
「ん?少なすぎるかや?……ああ、兵士だけではいかんな。将として李厳、副官として楽進も派遣しよう」
「そういうことではなくてですね」(ああ、この人は実家とは違う意味で厄介な人だ)
「袁術様、さすがに無担保無利子でそれほどの貸付は相手が恐縮してしまいますよ」
む、言われてみればその通りか。
吾からすれば揚州の安定が早くなれば一億貫なんぞ端金なんじゃがなぁ。金が返ってこんとしても半年もせんうちに回収できるはずじゃ。投資というやつじゃな。
そう考えれば三千の護衛を付ける価値はあると思うぞ。
「それほどの金額、さすがに返す自信がございません」
「従兄殿なら返せるじゃろうが……まぁ時間が掛かるか、ならば護衛はともかく、金は半分で良いかの?……魯粛、商会にもできるだけ協力するように申し伝えておくのじゃぞ?」
「心得ております」
「た、多大なご尽力、ありがとうございます」
これである程度揚州を自由にできそうじゃな。
別に袁遺の政に手を出そうとは思わんが商会の妨げは少ない方が良いからの。
孫堅の時のように追い落とそうとする動きが出来んように首にビニール紐(締まりやすく、締まれば解きにくい、動物につけるような首輪なんて上等過ぎるの意)を付けてやるのじゃ!
あの時のような後悔はせんぞ。
袁遺を見送って一ヶ月。
袁遺は途中で賊に遭遇しながらもそれを撃退、全滅して寿春に到着したとの知らせが届いた。
ただ、寿春に入ったとしても安心できないのがこの世のあり方で、快く思っておらぬ豪族達から守るために李厳達はしばらく駐留することが決定しておる。
ちなみに弩を装備した完全武装の兵を派遣しているため被害はほぼ皆無とも聞く。
賊達はあくまで民衆が賊へ落ちただけであるので弓矢を使い熟せる者が少なく、弩でほぼ一方的に蹂躙できるのじゃから被害が少なくて当然じゃな。
荊州の方で暴れておる黄巾賊の大将が馬元義であることがはっきりと判明した。
そして悪い……かどうかわからん知らせじゃが、劉表の討伐隊が黄巾賊に敗北したとのことじゃ。
これにより劉表のじじいの名声が落ち、荊州はパニックになっておる。
今のところ商会に影響は出ておらんが時間の問題やもしれん。
一応劉表のじじいには頭を下げるなら兵を出してやらんでもないぞ、と書状を送っておるが返事はまだない。
まぁ、そんな簡単に頭を下げれるわけがないのをわかった上で送ったんじゃがな。一応は協力する姿勢を見せておかねば後々問題になるかもしれんからのぉ。
それに刺史と違って軍権を持つ州牧である劉表のじじいが吾を頼るなどと恥ずかしすぎるじゃろ……何よりこちらから声を掛けて断った以上、相手から声を掛けてくるにはかなりの覚悟がいるのじゃ。簡単に言うと予防線を張ったんじゃ。
それにしても……蔡瑁も不甲斐ないのぉ。荊州一の武官の名が泣くぞ。
「そういえば曹操様が商会券に目を着けたようだと陳留支店長から報告がありました」
「ほう、さすが華琳ちゃんじゃ。目敏いのぉ」
そうなると信用貨幣や銀行という概念まで察した可能性があるが……そうは言うても華琳ちゃんではそれだけの財源を用意できるかは疑問じゃがな。
信用貨幣を成立させるには基本となる信用を積み重ねなければならんが国自体の信用が落ちておる以上、華琳ちゃんという官僚の信用も低い。しかも宦官の孫という経歴持ちで他の上位層からも下位層からも嫌われる要素まであるから大変じゃろう。
吾の場合は商会を使うことで日頃から取引という信用を積み重ねた存在を利用することで実現させたのじゃ。
華琳ちゃんが打てる手となると……国債もしくは株かのぉ。
実は国債や株も進化させれば信用貨幣になったりするんじゃが、まぁそれは省くぞ。
しかし……いくら親友とはいえ、助けを求められてもおらんのに助言するのはどうかと思うので言わんがな。
吾が先に導入して見本とさせればいいのかもしれんが……あいにく金に困っておらんからのぉ。というかこれ以上集めたら貨幣が市場から無くなる気がするのじゃ。
「陳留支店長には華琳ちゃんの動向を注意するように言っておいてたも」
「御意」
さて、外はこれでいいとして内の問題を解決せねばならんのじゃが……どうしたものかのぉ。
実は袁遺を揚州牧として送ったことで孫家の者達が苛立っておるんじゃよ。
殺したのが吾ではないか、という噂までされるほどになっておる。
黄蓋あたりは事情を知っておるから抑えようとしておるようじゃが……下の者や実子である孫策達には届かぬようじゃ。
困ったのぉ。