第四十二話
結局揚州への援軍は孫策達に任せることとなった。
ただし、孫家の手勢はいくら精鋭とはいえ千程度しかおらんから三千ほどを呉懿と共に派遣することになっておる。
最初は呉懿と関羽どちらに任せるか悩んだんじゃが現地の豪族と調整が重要となる今回の任務では関羽の生真面目さはマイナスに働くと考え、政務も指揮も熟せる呉懿に頼むことになったのじゃ。
ちなみに大将は呉懿じゃ。
孫策達は客将、呉懿は臣下であるから当然じゃな……正直不安しかないがの。
呉懿があの猛獣達を統率できるかどうか……うむ、無理じゃろうな。
とりあえず、胃薬を多く持っていくように注意しておくかの。それに前もって呉懿の責任を軽くするために手を打っておくとするかの。
甘寧、関羽、文聘、張曼成には近隣の治安維持に努めてもらう。
「おお、そうじゃ。孫権、おぬしらに朗報があるんじゃ!吾を敬うのじゃ!」
「……ワー、オ嬢様ステキデスー」
「……」
ボケたのにジト目で棒読みの七乃風に返されるとちょっと堪えるのじゃ。
「じ、実は魯粛と相談した結果、今回の遠征で条件を満たすことができれば戦果次第で県令か太守に任命することが決まったぞ!」
「ほ、本当!」
「吾は嘘つきが嫌いじゃ」
という嘘をつくのじゃ。
相手を遊ぶための嘘なら構わんと思うぞ。
「まぁ条件を満たせば、じゃの。あ、ちなみに条件は孫権が孫家側の証人として知ることはできるが孫策達には内緒じゃぞ?」
「それはどういうこと」
「うむ、魯粛が言うには自分で気づいて直さねばならんことらしいぞ。ちなみに条件はこの書に書かれておる」
魯粛と相談したとは言ったがほとんど吾が決めたことじゃがな。
「……お嬢様……私達を取り立てる気、ないでしょ」
「なんのことかのぉ」
「出陣中の禁酒、振られた仕事を熟す、戦闘で突撃しない、作戦無視しない、一人で街の外を出歩かないなんて……絶対無理よ」
「……わかって言っておるか?それは全て、普通の大人なら普通にできることじゃぞ?」
仕事中に酒飲まない、仕事をちゃんとする、独断専行しない、当主が護衛も付けずに外に出ない……最後以外は子供でも分かる通りじゃぞ。
吾が推挙するからにはこれぐらいは求めても当然じゃろう。
「……」
なんじゃ、その言われてみれば!という表情は……まさか気づいておらんかったのか?
「……前途多難ね」
「それは孫策の努力次第じゃな。あぁ、ただ注意するだけなら別に構わんぞ。それで直るなら問題なしじゃ。問題なのは『偉くなるために直った』フリをされることじゃからな」
これぐらい認めねば孫策が条件を満たすとは思えんからのぉ。
まぁ実は孫権だと既に条件が満たされていたりするんじゃが内緒じゃ。次女が先に出世なぞしようものならややこしい自体に陥るのは火を見るよりも明らかじゃ。
せっかく不安定なところがあるとはいえ有能な手駒を減らすのは気が引けるからの
それに……実はこの県令や太守に就任するということ自体罠っぽいところがあるようなのじゃ。
魯粛は意図的に隠していたようじゃから気づくのに遅れたが、どこかに就任するということは吾の客将という立場を逃れることになる。
そうすれば孫堅に貸していた借金の取り立ても今以上厳しく行わなければならない……が県令や太守の給金では今の孫策の給金の十分の一以下じゃ。つまり借金を払うどころか現在の勢力を維持することもできなかったりするんじゃが、気づくじゃろうか。
実は魯粛が孫家を殺しに掛かっておるような気がする……が、しかし自分から罠にかかりに行くならば吾にはどうしようもないんじゃよなぁ。
周瑜ならば気づいてくれるはずじゃが……もっとも気づいたところで就任するのはまず不可能な気がするがな!
孫策に出世のチャンスじゃと伝えると条件を教えろ〜などと訴えてきたが総スルー、まぁそれでも意気揚々と出撃したあたりはまだまだ可愛いものじゃのぉ。
ちょっと不安にもなるが……周瑜が察してくれることを期待するのじゃ。
そして出撃してから十日。
黄巾と官軍の最新情報が入ってきた。
黄巾のほとんどは賊らしく、ゲリラ的な戦いを行いつつも賊ではなく党という組織的な行動として支援者、協力者を増やしつつ勢力を拡大しておるようじゃ。
張角達は相変わらずコンサートをするだけで本人達は物騒だなぁ、ぐらいの認識らしい。
ちなみにこの情報はファンのフリをして追っかけている影から送られてくる情報が元となっておる。
ミイラ取りがミイラになっては困るので二重三重に監視しておるのじゃが……アイドルに落ちるのは突然じゃから不安で仕方がない。
それは置いとくとして、言葉遊び的には黄巾賊から黄巾党となりつつあるので今のうちに火消しが上手く行けば漢王朝の命脈はまだ延長されるかもしれない。
ということで官軍の動きじゃが……討伐に向かう道中にある村や街によっては接待を受けたり、賄賂を受け取ったり、協力を拒否する者を色々な意味で処理したりとほぼ賊と変わらない始末……いや、賊は賊でしかない以上は官軍の方が悪質じゃろうな。
それでも着実に黄巾党との対決の日が近づいておった……そう、『おった』じゃ。既に過去形じゃ。
まさか波才が三千で奇襲を仕掛けて一夜にして官軍が全滅するなどと思いもよらんかったわ。
さすが史実では朱儁ばあちゃんに勝ったことがあるだけのことはある。
実は官軍が隙だらけであったのも近くにいる黄巾賊は千程度だと知っていた上でのことで、吾らもその程度であると把握しておったから簡単に負けるとは思わなかったのじゃ。
しかし実際は三千もの兵がおった……が、これはどうやら官軍の自業自得のようじゃ。
官軍が好き勝手した村や街の民衆が黄巾に味方した結果が三千という兵になったそうじゃ。しかも官軍の懐が潤っておることはわかっておる以上士気も高かったようじゃな。
さぞや華琳ちゃんは肝を冷やしておるじゃろうなぁ。
なにせ今回の騒動、陳留の隣である潁川で起こった戦いじゃ。三千もの賊が自領にやってくる可能性がある以上手を打たねばならんはずじゃが……陳留の現状戦力は五千、徴兵すればすぐにでも倍にはなろう。
しかし、領地の安定のためには全兵力を投入することができないので実際動かせる兵力は結局五千かそれ以下じゃな。
もっとも春ちゃんや秋ちゃんがおる段階で黄巾に勝つ見込みはないが、それでも兵士の損耗は発展途上の陳留では厳しかろうな。
これまで語ったのが比較的中央に近い官軍のものの近況じゃな。
北では黒山賊の張燕が賊とは思えぬ漢王朝より善政を敷いておるし、青州なんぞは既に刺史が討ち取られ混乱の真っ最中、荊州では相変わらず劉表が討伐に失敗続きと漢王朝という船が穴だらけであることがはっきりと認知され始めることとなった。