第四十五話
有言実行、涼州への輸出を絞ってやったぞ。
理由としては賊が頻発していて被害が出ておることにしておる。
涼州への輸出は基本的に食料、そしてその量も馬鹿にならぬ。人口はそれほど多くないが馬や家畜の飼料に多く使い、異民族対策で常備兵を多く保有しておるため維持費などもあって消費が激しいんじゃ。
これを絞ることにより備蓄に余裕が生まれるのじゃ。つまり、一刀や取引に関する圧力は切っ掛けに過ぎず、合理的な理由も存在したわけじゃ。
更に言うと脳筋ばかりの涼州で唯一現代の知識しか持たぬ一刀はどういう手を打ってくるかも気になるのじゃ。
もしこの世界が原作ではなく、二次創作の世界であるならばチート化された一刀や逆行一刀という可能性も捨てきれん。
もし逆行ならば今回の取引改定は吾が原作の袁術であると仮定して行ったとも考えられる。
チート化、逆行、どちらかならば何か気の利いた話を持ってくるじゃろう。もしドノーマルな一刀ならば……むぅ、どういう反応を返してくるか想像ができん。
そもそもこちらに来てどれぐらい経っておるのかも不明じゃからのぉ。
涼州という田舎とはいえ、この時代の常識に触れていて成長しておるじゃろうから吾と同じように転移モノよろしく現代知識を活かすことが考えられる。
もっとも貧しい涼州では行えることは限られておるじゃろうがの。
そもそも現代知識があろうと金と人と物資と余裕が無ければ何も出来ぬ。
現在の涼州には全て欠けておる。
金は始めから、人と物資と余裕も始めからじゃが此度の異民族侵攻で更に欠けた。もし吾が涼州牧になってもかなり苦戦したじゃろう……まぁ、吾なら異民族取り込み政策を進めるがの。
「不穏分子を捕捉できたまでは良かったんじゃがのぉ」
問題は中央が派遣した官軍が全滅したことじゃ。
東へ向かっておったのは潁川で破れて生き残りは近隣太守に吸収され、南に向かっておったのは南荊州で馬元義のゲリラ戦法に削られて劉表に吸収され、北に向かったのは張燕に正面から敗れて多くが捕虜となり、西に向かったのは涼州で馬騰達と共同で異民族討伐していたところまでは良かったのじゃが……何やら仲間割れが起こり散り散りになってしもうたらしい。
他のものはともかく西はいったいなにがあったんじゃろうな?
情報は入ってきておるが錯綜しておって全体像が掴めん。
指揮官と副官が仲違いした。傾国の女が現れて取り合いになった。飲み過ぎて乱闘騒ぎになった。などなどどうもしっくりこん情報ばかりじゃ。
一応黄巾賊や異民族の急襲にあったなどの情報もあるがこれが一番報告が少ないというのがなんとも……どうなっておるんじゃ?
「おそらく派閥争いによる仲違いでしょう。これほど情報が錯綜していることから自分達の失態を隠すために噂を流しているんでしょう。妙な情報が多いのは相手に擦り付けるためかと」
「……いや、どれが本当であろうと責任問題になるのは間違いないじゃろ。意味がないと思うのじゃが」
「それも理解できないほど腐敗しているのでしょう」
漢王朝は本当に未来真っ暗じゃな。わかっておったがな。
「ふむ、もしや思った以上に馬騰達は苦戦しておるのかもしれんのぉ」
「その可能性が高いですね。官軍のほとんどは歩兵であるため騎馬が多い異民族相手には陣を守る程度しかできません。ですから自陣内で仲違いを起きたと思われます」
災難じゃのぉ。
とは言っても取引を元に戻すつもりはないがな。
「そういえば派遣軍はどうじゃ?」
「呉懿さんは千で黄巾賊が活発化している豫州との境で駐屯中、楽進さんは千で九江郡、盧江郡の治安維持を継続中です。そして李厳と孫策さん達は六千を率いて長江を渡河して丹陽郡を制圧中とのことです」
「順調なようじゃな」
「いえ、どうやら孫策さん達の強さを知った豪族達が籠城するようになってきました」
「む」
それは厳しいのぉ。
李厳達は攻城戦を行う用意はしておらんはずじゃ、そもそもこの時代の攻城戦は圧倒的に攻撃側が不利じゃ。
それを解決するために攻城用兵器は開発しておるし、実験もしたいところではあるが今それを使うわけにはいかん。
使用自体は許可を取れるじゃろうが中央に知られればどんな無茶振りをされるかわかったもんではないからの。だからと言って無許可で使えば叛意ありと見做されて朝敵扱いじゃ……まぁ負ける気はないが面倒が多過ぎるのじゃ。
「対策としては内応ぐらいか」
「そうなりますね。そこで勅命でももらえませんでしょうか?」
「ふむ、暴落中の漢王朝とはいえ内部分裂を誘うにはちょうど良いか。頼んでみるとしよう」
「ありがとうございます」
朝廷を半ば以上自由に使えるのは強みじゃよなぁ。
戦国時代の将軍を彷彿とさせるのぉ。
「それと孫策さん達にお酒を送ろうと思いますがよろしいですか?籠城戦で鬱憤が溜まっているようなのでこのままだと悪影響が出る可能性が……」
魯粛が積極的に孫策達の出世を妨害しておる件について……まぁ、言っておることも事実じゃろうから別に構わんがな。
「うむ、極上の酒を送るが良いぞ。兵達も疲労が溜まっておるじゃろうからな」
こうして孫策達の出世は遠のくのじゃな。
そういう報告書は孫権にも手渡されるのじゃが、その度に重い重いため息をつくのじゃ。
胃薬がいるのは周瑜よりむしろ孫権やもしれぬ。
さて、黄巾の乱が始まって半年。
再び官軍が動き始めたぞ。
今度は朱儁ばあちゃん、皇甫嵩爺ちゃん、盧植という宦官達の本気が如実に表す顔ぶれじゃな。
……しかし、なんでその中に袁紹ざまぁが混ざっておるんじゃ?
あ、そういえばまだ出仕こそしておっても州牧や刺史どころか太守になっておらんのか。
最近すっかり忘れておったが袁紹ざまぁはどうしておったんじゃろ。
まぁそれはいいか、重要なのはこれから史実通りなら袁紹ざまぁが冀州あたりを取るということじゃ。
……む?恋姫的には既に冀州を、少なくとも州都のある魏郡を取っておったはずじゃ。
思わぬところで違いが出たのぉ。もっとも元々冀州韓馥に仕えておった沮授、田豊が最初から袁紹に仕えておる段階で随分オリジナルな展開なのは知っておったがの。
あの文の二枚看板とも言えるあの二人を重用する限りは袁紹ざまぁは黄巾賊でも黄巾党でも相手にならんじゃろう。
そうなれば冀州牧は目前じゃな。
ただし、既に汝南袁氏からは袁遺が州牧となっておるからちょっと難しい気もするが……その辺りは田豊と沮授の腕の見せ所じゃな。
陳琳がおったら確変して幽州牧を兼任なんてこともありえるかもしれん……その場合ハムの人が物凄い苦労することになるがの。
「それにしても……まさか党錮の禁より前に吾に討伐を命じるとは思いもせなんだのぉ」
命令系統はこちらが持ったままで良いから兵を出せと言われるとは……しかし困ったのじゃ。
派遣軍は今も帰還しておらん。
兵士自体はおるが誰に率いさせるか……紀霊は手元においておきたい、関羽と甘寧は客将、張曼成は階級が足らぬ……となると……文聘しかおらんか。
「文聘と関羽あたりを組ませてみるかの……こちらは派遣軍と違い、利害調整も必要じゃから程立もつけるか」