第四十六話
吾の討伐軍二万は荊州へ……は行かずに北上してして河南尹の小さく賊を退治して潁川へと向かう。
波才が思った以上に優秀であるため漢王朝以外からは好意的であり、荊州の黄巾賊の方がやりたい放題やっているのでそちらを討伐した方がいいとも思ったんじゃが、わざわざ劉表のくそじじいを助けてやる必要を感じなかったし、後ろを気にしながら戦わせるのは文聘達に悪いからのぉ。
ちなみに相手が波才となると生半可な軍では被害が大きくなることはわかっておるから弩を標準装備させ、予備に一万、矢は……数え切れん程持たせたぞ。
恐らく正面からならば五倍までの敵を近寄ってくる前に射殺すことができるじゃろう。
……まぁぶっちゃけ関羽の出番ってあるのか疑問じゃ。あやつは近接戦闘がメインじゃからのぉ。
輸送部隊が二万と討伐軍と同じ規模であることを知った時の文聘達の顔はカメラがあればぜひ撮っておきたかったぐらい傑作じゃったぞ。
「予備兵制度は上手く機能しておるようじゃな」
「そうですね。これだけすぐに召集できるのでしたら多少税収が減りましたがそれだけの価値はありました」
予備兵制度、公に大規模な常備兵を抱えるのは経済的にも政治的にも厳しいのじゃ。しかし戦国時代が間近まで迫ってきておるのに何も手を打たないというのはよろしくない。
そこで思いついたのが予備兵制度じゃ。
確かアメリカでは予備兵役なるものがあったはずじゃ。もっともこの知識は映画で知ったものゆえ具体的な内容は不明じゃから吾と魯粛で練ったオリジナルであるがの。
予備兵制度は志願式であり、十日の内四日、三時間ほどの訓練と召集命令に従う義務を課す代わりに免税を行う。
まぁ賦役とそう変わらんように感じるが、選択権があるし戦争に出れば特別手当も出るし戦死すれば遺族手当も出るから一応違うかの。
実はこの予備兵制度には副次効果もあった。
予備兵とはいえど……いや、むしろ予備兵という微妙な立場から暴走する者がおるであろうと軍規は厳しくしたのじゃが、そうすると事件事故が減り、本人達だけではなく周囲の者達のモラルの向上が確認されたのじゃ。
どうやら本人達は微妙な立場ゆえに弱者は守らなければならないという使命感、責任感が生まれ、周りの者達もそれに感化されたようで……うん、この時代の人間は単純じゃの。
ちなみに討伐軍は全てこの予備兵であり、常備軍は紀霊と魯粛直轄としておるので南陽にてお留守番しておる。せっかくの手柄が……と不満も上がってきておるが常備軍は南陽の守りがあるから仕方ないのじゃ。
予備兵制度でいくら召集が早くなったとはいえ、常備軍に勝るものではないからの。
領内の守りは機動力がものを言うし、機動力というのは軍の規模が大きくなれば失われてしまうから常備軍を使う方が良いのじゃ。
もし李厳や呉懿達がいたなら将でカバーすることもできたじゃろうが、南陽に残るのは吾、七乃、魯粛、紀霊、甘寧、郭嘉、張曼成ぐらいであるから数を多くせねばならぬ予備兵を率いるには心許ない。
于禁、李典は基本的に武官ではなく、職人枠じゃから含まぬ。
なにより文聘が抜けて仕事がまた増えたからのっ!
「ああ、処理する書類より貯まる書類の方が多いのは心が折れるのじゃ」
「大丈夫です。溶解させて叩けばまた直りますよ」
「その時は蜂蜜も混ぜてたも」
「それじゃ精錬しても不純物だらけで折れちゃいますよー」
吾、七乃、魯粛は並んで判子を押したり署名したり赤ペン先生したりしておる。
うむ、黄巾の乱が起こってもいつもと変わらぬ風景じゃな。
色々説明したが実は南陽の守りを常備軍にしたのは書類仕事を増やさぬためでもあったりする。
予備兵はあくまで予備、それを動かし続けると仕事がねずみ算式を二乗するぐらいの速度で増えていくのじゃ。
討伐軍は討伐という一つの動作しかしておらんからあまり増えぬのじゃが、治安維持や賊退治を頻繁に行われるとなると……多分、半月は徹夜になるんではないか?つまり死が待っておるのじゃ。
「幸いなのは孫権も仕事に追われておることじゃな。吾のところに来られると仕事が出来んからのぉ」
「もうそろそろ昼行灯な振りをするのも限界ではありませんか?」
「そうはいかんのじゃよ」
孫家が味方になるやもしれぬし、関羽も劉備が現れても抜けぬかもしれぬし、甘寧も客将ではなく正式に仕えてくれるやも知れぬ。
郭嘉と程立は主としての能力というより自分の好みで選んでおるからあまり変わらんじゃろう。
それに皆に暴露するということは民に知れることでもあり、名声も高まる。
遊ぶ時間を削り、仕事の時間を増やすことができる。
隠さずに働くことにメリットは多数ある。しかしじゃ、デメリットもあるのじゃ。
周りに警戒心を抱かせることじゃな。特に十常侍、汝南袁氏つまり親戚、そして……華琳ちゃん。
吾は親友だと思っておるし、華琳ちゃんもそうじゃと信じておる。
しかし将来戦うとしたら最大の壁は間違いなく華琳ちゃん……いや、あえてこう言おう、曹操孟徳と。
あの曹操を完璧に騙すことができておるとは思わん。じゃが吾の本当の実力を把握もできておらんはずじゃ。
何より……心苦しいが、おそらく吾が華琳ちゃんと戦うことを想定して動いておるとは思っておらんじゃろう。
戦いとは情報から始まる。
吾がもしそれなりの能力を持っておるとわかった場合、華琳ちゃんは警戒するじゃろう。
曲がったことが好きではないから暗殺などを警戒する必要はなかろうが吾が仕掛ける、仕掛けている策に気づくやもしれぬ。
「そうですか、なら仕方ありませんね」
「そもそもお嬢様に苦労させているのは私達なのですから頑張らねばならないのは私達です!」
「ふふふ、珍しく張勲さんが正論を言ってますね」
「珍しくは余計です!」
いや、吾も珍しいと思うぞ。
魯粛というブレーキがおるせいか知らぬが吾への傾倒っぷりが原作以上……でもないか?まぁ、少なくともすぐに人を斬ろうとしたりなどするようなやつではなかったはずじゃ。
「そういえば孫策さん達が今回の討伐軍のことを知れば悔しがるかもしれませんね」
そうじゃな。あやつらは名を上げたくて仕方ないようじゃからのぉ。
相手が黄巾の名将である波才となれば戦って見たかったであろうな。
まだまだ孫策達は独り立ちできるほどの力も経済もないのじゃから焦らんでもいいと思うんじゃが……これも血筋化のぉ。
「孫策さん達も順調に制圧しているようでが、勅命による内応で城を落としているので自身の手柄と言いづらくて不満を漏らしているそうですが」
孫策よ、おぬし達は吾の後ろ盾があって動けておるのじゃからいくらおぬし達が頑張っても吾の手柄じゃからの?勘違いしてはならんぞ……と言っても納得せんのじゃろうなぁ。