第四十八話
「何を……しているんですか、お嬢様」
……ん?幻聴が聞こえるぞ。
ここにおらぬはずの孫権の声が聴こえるのじゃ。
とうとう寝不足の影響が出始めたか?さすがに七日もの徹夜とこれほど過密なデスクワークのコンボは未経験じゃからのぉ。
如何に蜂蜜が万能薬で状態異常を治してくれるとは言っても限度があったようじゃ。
ああー、首も肩も腰も凝ったのじゃ……ふむ、風呂にでも入ってリラックス……なんかすると溺死フラグが立ちそうじゃな。
さすがにこの状態で風呂は危険じゃ。
やはり一度寝た方が良いか……しかし、寝る前からわかるが、ここで寝ると三日は寝続けるのは確定じゃろうな。
「……お嬢様、聞いていますか?」
む、また幻聴が……今は忙しいから後にしてたも。
とりあえずこの書類を終わらさなければ……うにゃあ?!こっちも終わらさねば兵站が崩壊してしまうぞ?!
くっ、やはり寝ておる場合ではないのじゃ。
蜂蜜、蜂蜜——
「……はい」
「うむ、助かったのじゃ」
ハムッ、ンー!!これでまだ十日は戦えるぞ!
……あ、ここ計算間違えておるな。赤ペン先生降臨じゃ。
フォッフォッフォッフォッフォ、おぬしを赤く染めてやるのじゃ〜……などと言いつつ素早く直していく……こんなことでも言っておらんと眠気に負けてしまう。
「ぬ、さすがに蜂蜜だけでは喉が渇くのぉ……茶でも入れるか」
「……入れるから座っていてください」
「おお、助かるのじゃ」
幻聴さんは何気にハイスペックじゃのぉ。
最近の幻聴は茶まで入れてくれるのか、給金も掛からぬから便利じゃの!これは是非永久雇用じゃ!
「……本当に気づいてない……のよね。なんか目が血走ってるようだし」
む、ちゃんと気づいておるぞ幻聴さん!ついでじゃから仕事も手伝ってくれれば嬉しいぞ!
「……」
返事はない。ただの幻聴なようじゃ。
まぁもし手伝えてもらえたとしても筆跡が違うから駄目じゃがな。役職などは適当に作ればいいじゃろうが……ん……突然もよおしてきおった。
さて、仮設厠へ……なんじゃこれは?!
席を立ち、振り返ると頭が何か良い匂いがする柔らかいものに包まれた。
むにゅむにゅとして顔を両側から包み込むその柔らかさはなんとも言えぬ……ああ、何処か母上の暖かみを感じる……そしてプルプルプルッ!としてみたが、うむ、見事な感触じゃ!
おお、何やら抱きつくこともできるようじゃぞ。うーむ、これは高性能な抱きまくらじゃな。お、抱きまくらを開発するのもアリ——
「ぬおっぉぉぉ?!星が見えまスター?!」
ぐおおぉぉ、あ、頭が?!
な、なぜ拳骨が吾に?!
「…………うおぉお?!なぜ孫権がここにおる?!」
「やっと気づいたのね」
「なに?!ずっとそこにおったというのか?!」
「と言うか蜂蜜も渡したのもお茶を入れたのも私よ」
「なんとっ!では幻聴さんか?!いや、見えておるし幻覚さんか?!しかしなぜ孫権の姿で?」
「幻聴さん?幻覚さん?……私は私よ?」
そんなわけないのじゃ!
ここは影が四六時中警護を……あ、そういえば影達にも仕事を手伝ってもらっておったから全滅したんじゃったか。
いや!まだ部屋の前の護衛が……あ、そちらも仕事を手伝ってもらって死んでおったの。
「……もしや、本当に孫権……なのかや?」
「だからそう言っているでしょう」
「…………」
どうしよう。
バレてしもうたぞ?!
「遅い!私はずっと驚いてたわよ!どういうことなの!なんでお嬢様が真面目に仕事しているのよ!」
「ええーっとそれはじゃな……たまたま?」
「……随分と手慣れた感がありましたよ。それに……徹夜でしていたのでしょう」
な、なんか妙に孫権が優しい表情をしておる。
吾に拳骨を叩き込んだ奴とは思えん……あ、いや、パフパフしてもらって拳骨で済めば安いものじゃな。
それにしても吾がラッキースケベをやることになるとは……魯粛のアレはラッキースケベじゃない。あれは半分拷問じゃからの。
「うむ、いい乳をしておったぞ」
「なっ?!」
「それに良い匂いも——」
「黙りなさい!」
むぐっ、口を抑えられてしもうた……顔は真っ赤っ赤じゃが怒っておるわけではなさそうじゃの。
……うむ、男であることがバレんで良かったのじゃ。もしそちらがバレておったら孫家のことじゃから吾との婚姻などと言い始めるに違いない。
こういう不幸な(爆)事故を防ぐにも女であるということにしておいた方が安全じゃな。
「ハァ……全く、そういうところは素なの?振りなの?」
色々誤魔化そうとしてみたが……どうしたものか。
魯粛も紀霊も七乃もおらんこの状態でテキトーに誤魔化してしまっては孫策達にまで話が広がってしまうじゃろう。
……うむ、取り込む努力をしてみて駄目じゃったら消すか何処かに監禁するかの。
「そのあたりが妥当じゃと思うんじゃがどう思う?」
「…………誠心誠意頑張らせてもらうわ」
「うむ、頼むぞ?」
なんか笑顔が引き攣っておるが気のせいじゃろう。
「ということは……もしかして今までの政策とか数々の新商品は……」
「どれのことを言っておるかわからんが新商品はほとんど吾が手掛けておるぞ。政策に関しては大体の方向性を決めておるのは吾じゃな」
「……お嬢様、頑張ってたんですね」
まさか吾がナデナデされておるじゃと!?これはポッとするしかないのではないか?!
感極まって抱きつ——こうとしたら止められた。なぜじゃ!パフパフをもう一度!!
「なぜか貞操の危機を感じましたわ」
む、吾の中の野獣を察知したと申すか。こりゃうっかりじゃな。
しかし職務中以外はあの露出度が高い服装の癖に貞操の危機とは……日本人のミニスカと同レベルと言うのか?!
個人的にはミニスカってパンツ見えてもOKな人以外は履いちゃ駄目じゃと思う。アレは公然猥褻罪になるのではないかと疑問に思ったもんじゃ。
おっと脱線したの。
「ふむ、孫権にバレてしもうたのは予想外じゃが……うむうむ、これはいい機会じゃ。おぬしを吾付きの侍女兼……そうじゃな……七乃の補佐でもしてもらうとするかの。良かったのぉ、南陽における五番目の権力を手に入れたぞ!」
「え?」
「いやー、孫権の机も用意せねばならんな。侍女として一緒に居てくれれば関羽もそうは様子も見にこんじゃろうから昼間から仕事ができるぞ。別に痛くはなかったが夜中の明かり代も馬鹿にならんしの」
「えっと」
「ああ、もし望むなら経験を積んでからになるが何処かの太守ぐらいならならせてやるぞ?孫策では不安があるが孫権なら大丈夫じゃろ」
「私が、太守?姉様じゃなくて?」
やはり孫権はどうもコンプレックスが酷いのぉ。
吾的には手堅い感じなんじゃが、孫策と違って恩をちゃんと返してくれそうじゃし……と言っても孫権は納得しないじゃろうな。
「まぁ経験を積んでからじゃからの?そう慌てることはない」
「……はい」
「と、言うことで!この目の前の経験値を獲得してもらおうかの!」
「え」
ほれ、この目の前にメタルスライムとはぐれスライムとキングスライムとゴールデンスライムとゴールデンメタルスライムが並んでおるじゃろ。
「あ、ちなみに孫権は徹夜何日目じゃ?」
「四日目ですが——」
「そうか、なら後三日ぐらいは余裕じゃろ」
「え?」
「吾が八日目じゃからの。これぐらい楽勝じゃよな?」
(……姉様、私は死ぬかもしれません)