第五十話
「そういえば呉懿達からの報告はあったか?」
揚州派遣軍の指揮は南陽の処理能力低下によって手が回らんと袁遺に一時的譲渡したのじゃが報告は来ておるはずじゃ。
文武両道の呉懿と李厳がおるし、周瑜もおるから致命的なことにはなっておらんとは思うが……孫策がおるから心配じゃ。
「丹陽郡の制圧は完了したようですが、こちらの緊急事態にそれ以上の行動は起こしていないようです。袁遺様が配慮してくださったのでしょう」
配慮というか兵站のほとんどが南陽からの持ち出しじゃから不安に思ったのじゃろう。
兵站の維持はできておるはずなのじゃが……寝不足で変な処理をしてなければ良いが……
「確認したところ多少の計算違いはあったようですが致命的なものはなかったようですよ」
「それは良かった。しかし、戦線が増えたことにより兵站が厳しくなったのも事実、しばらくはそのまま丹陽郡の駐留してもらうとするかの」
「討伐軍の兵站は遠征という点を活かして、現地にて調達するようにいたしましょう。食料は足りませんが幸いお金はたくさんあります」
ふむ、それができるなら多少高値でも現地調達でも良いが……黄巾に襲われ、吾らが食料を買い回る……暴動が起こらんじゃろうか?
「徐州は黄巾賊を退けることに成功していますから余裕があるようですのでそちらから買いましょう」
「それと漢中からもいくらか買うと良いと思うんですけど」
む、漢中か、日頃は名産の山椒や鉱石、蜂蜜や蜂蜜や蜂蜜などを輸入しておるが食料はあまり輸入しておらんかったな。
漢中は高度が高いから食料ができにくいことから配慮しておるのじゃが、今の情勢を考えると数少ない安全地帯じゃから相対的に余裕があるということになるのぉ。
本当は交州あたりが一番豊富なんじゃろうが距離が問題じゃからどうにもならんが。
「では、漢中からも輸入を打診するとするか。ひょっとすると涼州に回しておる可能性も……いや、黄巾賊が現れたのじゃからそれはないか」
涼州から南陽に黄巾賊が来たということは漢中と涼州の交易路には黄巾賊がいるじゃろう。
「それなら多少高くなりますが漢中を通して益州からも買い上げましょうか」
「うむ、では手配を頼むぞ」
(……なんで難しい書類を処理しながら難しい話ができるの!私は手元にある書類の処理だけで手一杯なのに!)
ん?孫権は先程から静かじゃのぉ。
やはりまだ慣れぬのか、まぁそう簡単に慣れるものではないから仕方ないの。
「あ、忘れてました」
「ん?どうした魯粛」
「朝廷から使者が来ていたのでした」
「……それは忘れてはいかんことじゃろ。どれぐらい待たせたのじゃ?」
「二日ほどですね。歓待しているので恐らく大丈夫かと」
ああ、たまに聞こえる黄ばんだ声はそれじゃったか。
「要件は聞いておるか?」
「一に賄賂、二に涼州からの訴えと言ったところでしょうか」
ふむ、恐らく主題が涼州からの訴えであろうが……さすが朝廷、本来の主題を置いて賄賂が先に来るあたり色んな意味で信用ができるぞ。
「ではとっとと話を聞いて賄賂渡して帰ってもらうとするかの」
「お嬢様ー、あんまり簡単にお金出し続けてると調子に乗っちゃいますよー?」
「む、その通りじゃな……しかし今は時間が惜しいから気前よく渡しておくとする」
「……ですねー。言われてみればお嬢様が抜ける穴を私達が埋めることになるんでした。今回はとっとと帰ってもらいましょう」
(……黒い……皆黒いわ……これが政治の世界……なのかしら)
さて、早速使者との面会をするように手配するように指示を出す……それにしても涼州からの訴えというのはもしや北郷の策か?馬家にこのような気の利いた攻め方をする者はおらんと思うが。
もっとも中央が腐りきっておることを知っておる馬家が中央を頼るようなことはしないじゃろうがな。
しかし、原作を知る吾としては北郷にしては気が利き過ぎている気もする。誰ぞ知恵者でも近くにおるのじゃろうか?
使者はどうでも良さそうに涼州からの訴えを告げ、改善するように脅迫的もの言いをして、賄賂を掴ませるとあんな異民族紛いの言い分など聞き流すよう言ってきた。
うむ、わかりやすいやつじゃな。
「よしよし、陳留の黄巾も大体片付いたようじゃな……関羽は苦労しておるそうじゃが」
陳留で大活躍しておる討伐軍のおかげで吾の名声も一人歩きの状態じゃ。
そして関羽も美髪公の名を世に知らしめておる……が、それで苦労しておるのではない。
大将はあくまで文聘であるし、副官である関羽の容姿に惹かれて目立っておるには目立っておるが本人も民のために役に立っているという自覚があるようで嬉しそうじゃと報告が上がっておる。
では何に苦労しているのかというと……華琳ちゃんに見つかってしまったのじゃ。
もう想像はできるじゃろ?華琳ちゃんのラブコールが引っ切り無しに飛んで来るそうじゃ……さすがに夜這いなどはないようじゃが宴によく招待され、強い酒を勧めてくるとか……露骨過ぎるじゃろ。
ただし、その関羽の犠牲(笑)のおかげで補給はスマートに進んでおるそうじゃ。それに気を良くした文聘が関羽を生け贄にしておる節もあるが……文聘も政治家じゃのぉ。
そんな苦労もこの書状が吾の思うものなら終わりとなろう。
「やはり党錮の禁解除のお知らせか」
それに同時に各地へ黄巾討伐の勅命が発せられた。
これで黄巾の乱は終わりが見えたの。
涼州方面の黄巾賊も蹴散らしたと紀霊から報告があったし良いことが続くのじゃ。
まぁ調子よく蹴散らして追撃をしておったから帰還が遅くなったのは目を瞑るとしよう。
今回活躍した甘寧にもう一度正規社員の勧誘してみるとするか、本物の戦場を経験して何か思うところがあるかもしれんしの。
地味なモブキャラである張曼成も頑張ったようじゃから階級を上げてやるとするか……書類地獄にご招待じゃ。
「お嬢様はいつもそんなことを考えているの?」
「大体こんな感じじゃな。なんじゃ?幻滅したか」
「……どうなんでしょう。自由奔放なお嬢様が嫌いじゃなかったわ。でも太守としては今が正しいように見える」
吾が帝ならばこれほど黒くなる必要はないじゃろうが、太守という中途半端な立場じゃと黒くないと生きていけんのじゃよ。
「まぁ自由奔放なのも吾であるがの。孫権もそのうちわかる時が来るじゃろうて」
「純粋には喜べませんけど、頑張ります」
うむ、前向きで良いの。
「さて、討伐軍には更に北上するように指示を出すとするか、曹操ちゃんも大規模な軍を編成できるようになったからお守りもここまでじゃ」
「黄巾賊が集まっているのは冀州と青州という話ですが本当なのですか」
「うむ、と言うか本隊は既に捕捉しておるがの」
「……え?」
なにせ吾の影二名と魯粛の手の者が三名張角達の付き人をしておるからの。
その気になればいつでも殺せるのじゃ。
「なぜもっと早く倒そうと思わなかったんですか」
「この乱は農民一揆じゃ。しかもこの規模じゃぞ?率いる者がおらんなってはどう暴走するかわからぬ」
「だからと言って……」
「これが政治じゃよ。そもそも張角達を殺したところでこの乱が起きなかったわけではないのじゃ。実際関係ない場所でも反乱は起きておるからの」
それだけ不平不満が溜まっておるのじゃよ。
華琳ちゃんの手腕でも内部から黄巾が出たというのじゃからその深刻さは知れよう……もっとも南陽はほとんど出なかったがの。