第五十二話
朱儁ばあちゃんと皇甫嵩爺ちゃんは吾の説得で青州に向かったのじゃ。
後は波才と話をつけるだけなのじゃがなかなか見つからんで苦戦しておる。あっちこっちの豪族や村を通して話を持ち掛けておるから波才が本当に賢き者なら近いうち連絡が取れるじゃろう。
……早く連絡を取り、どうにか話をつけんと吾の責任問題になるが……まぁ、いつもより少し金や貢物が多くなる程度じゃから気にせんでも大丈夫じゃろう。
それにしても……
「孫策達はうるさいのぉ。帰って来たいというならわかるが、そんなに暴れたいのかや?」
「姉様が申し訳ありません」
恥ずかしそうに顔を軽く伏せる孫権から目を逸らして目の前の机に一杯並んでおる書状の数々を眺める。
この書状は全て鎮圧の再開の嘆願なのじゃ。
どうやら南陽に余裕ができたことを悟ったようで、三日日に一度ぐらいのペースで書状が届くのじゃ。
周瑜はどうしたのじゃ。こんなことを許すとはとても思えんのじゃが。
「恐らく姉様の仕事を肩代わりして忙しくて気づいていないと……」
「孫策の太守への道は険しそうじゃな」
……ん?孫権の表情が達観しておるぞ?
もしや孫策が政治家に向いておらんことに気づいたのか?……いや、まだ半信半疑というところか。
それは置いておくとして、鎮圧作戦の再開か……やはり問題となるのは兵糧じゃな。
北荊州の黄巾賊を始末したとはいえ、南荊州の黄巾賊……というか実質支配をしておる反乱軍の鎮圧を本格的に始めたことでまた物価が上昇を始めたのじゃ。
全く、劉表のじじいもいい加減戦争の才能がないことがわかればよいものを……変に馬元義を討てたことで調子に乗りおって。
仕方ないので早く決着をつけるために軍需物資(ただし兵糧は除く)を送ってやるかのぉ。
関係が冷えきっておるとはいえ、政治的判断に私心は混ぜぬのじゃ!例えそれが孫堅の仇だったとしても、じゃ。……決して荊州産の蜂蜜が手に入りにくくなったからではないぞ?本当じゃぞ?
「しかし、丹陽郡以南は山越という民族がおるはずじゃ。豪族達に加え、言葉も違う民族と血みどろな戦いをするのは得策ではないじゃろ」
「だからといって放置しておくのも問題になります」
「こういうものには機が大事じゃ。今は動けば機を呼びこむかもしれぬが民に負担を強いてまで呼び込まなければならぬ機ではないわ」
動くならば山越の取り込み政策、つまり話し合いをまず第一とすべきじゃ。
負担は少なく、労働力も手に入る。
もっとも袁遺には少しきついじゃろうな。やつは根っから漢人じゃ。
漢民族こそ至高、異民族死んでしまえ……とまではいかぬじゃろうが、侮蔑はしておろう。
……そんな人材しか手配できぬのは吾の人脈の無さか、それとも時代だから仕方ないのかのぉ。
「いずれにしてもまだ丹陽郡より動くことは許可できぬな……しかし孫策をどうしてくれようか……よし、この書状を周瑜に送りつけてやるのじゃ」
(姉様が一番嫌がりそうなことを的確にするわね)
「さて、次は——」
「失礼します」
む、魯粛か……この時間じゃと書類に追われておるはずじゃがどうしたのじゃ?
「それが涼州からの使者、という方が来たそうです」
「ふむ……しかし、その言い方からすると使者というには戸惑いがある人選なのかや」
「ご明察、どうも得体のしれぬ殿方なようで喋り方が馴れ馴れしいというか、態度が不遜というか……」
……もしかしてもしかするかもしれぬな。
ということで早速会ってみることにしたのじゃ。
元々誰が使者であろうと会わぬという選択はないがの。吾は無邪気な子供太守じゃからテキトーに座ってテキトーに言質を取られぬように言葉遊びをするだけで良いからいい休憩なんじゃよ。
「吾、華麗に参上なのじゃ!」
む、なんじゃ、その「うわ、変なのが出た」的な表情は……まぁ、それは置いておくとして…………んー?こやつが北郷一刀……なんじゃろうか?
よく思い出してみれば北郷一刀の容姿を見た覚えがない、というか容姿なんぞあったかや?
まぁ、服装からすると間違いはなさそうじゃな。どこからどう見ても学生服じゃし……しかし、日頃からこれを着ておるのじゃろうか?
それに……何処からどう見ても高校生には見えんな。もしや随分前からこちらの世界に来ておるのか?……む、そういえば原作は年齢規制があって登場人物は……くっ、頭が——
「俺の名前は北郷一刀、旅の道中で行き倒れになったところを翡翠さんに拾ってもらった恩義で仕えさせてもらっている」
余計なことを考えておったらいつの間にか話が進んでおった。
それにしても確かに態度がでかいな。
ああ、でも馬騰は涼州刺史であったな。一応格上か……いや、だからといってこやつが偉いわけではないがの。
それに吾は名門袁家、しかも中華で一二を争う郡である南陽と涼州と同等に近い揚州牧、最近黄巾賊の討伐で名を上げておる袁紹と袁家の名は今なお高まっておる。
だから敬意を払っても良いのじゃぞ?
……まぁ、どこかゼロの○い魔の駄犬を思わせるこやつにいくら言っても仕方ないかも知れぬが……いやいやいきなりディスりから入るのはどうなんじゃろ。
もしかすると吾と同じように演技であるという可能性も微レ存じゃ。
「前置きは良い、本題に入るが良いぞ……ついでに蜂蜜はいるかや?」
「…………もらいます」
なんじゃ、その「あ、こいつ、だめなやつだ」的な表情は……というか表情に出過ぎじゃろ。隣の補佐役が慌てておるではないか。
……ふむ、この補佐役……まだ若いようじゃが強いな。
「あの補佐役はなんと申す」
脇に居る紀霊に小声で聞いておく、後になると忘れてしまうかもしれんからな。
「姜維伯約と名乗っておりました」
生姜!生姜じゃないか!……って随分時代が違わないかや?
まぁ元々原作が二次創作じゃから別に不思議ではないし、原作の二次創作では結構定番キャラではあるがの。
ふむ、しかし知恵者の存在を疑ってはおったが……なるほど、こやつか。
てっきり孔明に見出されるまでは多少賢い程度では、と思っておったが……うむ、上手く育てば麒麟児と呼べる存在になるやもしれぬな。もっとも今のままでは無理じゃろうがな。
蜂蜜も配り終え、話を進める。
「食料を売って欲しい」
直球すぎるじゃろ。もうちょっと言い方があるじゃろ。
せめて貿易を以前の状態まで戻してくれ、ぐらいは……のぉ?
いや、ひょっとすると相手が吾だからかも知れぬか。子供太守に迂遠な言い方をしたところで無駄な時間と労力が増えるだけと考えても不思議ではない。
もしそういう意図があるならなかなかの配慮と言えなくもない……が、姜維の顔色が悪いところを見ると少なくともアドリブ、悪くて素のまま、か。
「ふむ、食料か……蜂蜜でも食せばいいじゃろ」
「どこのマリーさんだよ」
小声で言っておるが聞こえておるからの。
まぁそういうツッコミが欲しくて言ったんじゃがな!久しぶりの現代人との再会じゃから遊びたくなったのじゃ。
もっとも南陽郡ではこれは結構そのままの意味を現すがの。
主食となる麦や米の価格が上昇しておるなら野菜や肉などの余剰がある何かで補う。それが南陽の現在じゃ。
民に金があるからできる方法じゃな。
「その買う食料がないんだ。どこも黄巾賊のせいで余裕が無い……ここは唯一被害がない場所だって聞いている。だから頼む!」
……ここは頭を下げるのではなく、本当は土下座が正解なんじゃがな。
頭を下げる程度のことは交渉では当然じゃ。それを上回るインパクトを与えるにはそれぐらいはして見せるべきなのじゃ。
「ふむ、しかし用意するのは吝かではないが対価は用意できるのかや?」
「……これに書かれている」
いや、そんなに汚いものを見るような目をされても困るぞ。
日本ではなぜか商売は汚いもの的な謎の思想を持つ者がおるが……こやつもそうか?