第五十三話
北郷一刀から女官へ、そして女官から魯粛へ渡され、魯粛からやっと吾にたどり着いた書簡を素早く流し読みをして魯粛へ渡す。
一連の流れを事情を知らぬ者から見ると、とりあえず体裁のために目を通したフリをして実質的支配者である魯粛へ判断を仰いだ……なんて小難しいことを考えず、吾が興味がないように見えるじゃろうなぁ。
実際は書類仕事で鍛えた速読によって短時間で頭に叩き込んだのじゃがな。
速読、フラッシュ暗算は太守になってから身につけた技術じゃ……これが無ければおそらく吾は死んでおったな。
さて、涼州側……正確に言うと馬騰側の要望は食料の貿易を以前の状態に戻し、軍需物資の取引量を増やしたいというものであった。
どうやら鉄が足りないらしいのぉ。さもありなん。
騎馬が軍の主軸となる馬騰軍であるが、異民族も騎馬が主軸じゃ。そうなるとどのような戦いになるのか……騎射合戦となるのじゃ。
そうなると矢を多く消耗してしまい、鉄が足らなくなるのは自明の理じゃな。
回収しようにも異民族も同じようにこぞって回収するのじゃからお互いが牽制しあって回収も難しかろう。というか回収している最中に攻撃されるなんぞ悪夢じゃ。
それに鏃を作る事自体はそれほど手間ではないが、まとまった数を用意するとなるとかなり面倒になる。
膨大な人手が必要じゃし、何より涼州は燃料となる木が貴重じゃ。
その点南陽は貴金属加工の施設が既にあるため、燃料も鉄自体も人でも用意できておる。だからこそ朱儁ばあちゃんと皇甫嵩爺ちゃんに物資を提供できたのじゃ。
まぁ溺れるほど資金があれば準備できるのは当然ではあるがの。
さて、軍需物資は黄巾の乱に突入してから余剰労働力を投入して生産し、蓄え続けておったからまだまだ余裕があるが……どうしたものか。
余裕があるからと言って提供するかどうかは別問題じゃな。
対価はあまりよろしくない。
シルクロードを通ってきた絹や涼州名産である馬であれば考えたが山羊と羊ではのぉ……他のところの方が質が良く安く手に入るのじゃよ。
まぁ異民族が暴れて絹の輸入量が制限され、馬は軍需物資として使うじゃろうから仕方ないといえば仕方ないがの。
うーむ……うむ、魯粛に丸投げじゃ。
こういう時のために決めておったハンドサインを魯粛にしか見えぬように送る。内容は「おぬしに任せる」じゃ。
表立って自由な発言をできぬからこういうことを決めておくといらぬ手間が少なくていい。
そして魯粛の返答は「了解しました。ついでに礼儀を知らずから慰謝料を頂きますね」とあった……ほどほどにするんじゃぞ?あまり毟り取っては涼州が敵になる可能性があるからの。
涼州は叛乱がお家芸的なところがあるからほどほどにせんと本当に殺しにかかってくるぞ。
いざ叛乱、となれば異民族と結託するのは目に見えとるからの。嫌じゃぞ、涼州と異民族の騎馬部隊とガチで野戦なんて……籠城なら問題無いじゃろうが、そうなると侵略され被害が大きくなるからのぉ。
外交とはお互いが勝ったと思わせることが大事なのじゃ。一方的に勝っては不和の素じゃ。
「難しい話はわからんのじゃ!魯粛、任せたぞ」
「御意」
ん?北郷達が嫌な顔をしおったぞ?もしや吾なら御しやすいと狙っておったか?
そういえば北郷は天の使いを名乗っておらんのじゃな……残念じゃ。それを名分として首をはねるつもりであったんじゃがの。リアルの世界に主人公なんぞ不要じゃ。
しかし……あの書状は本当に北郷か姜維が書いたものか?それにしては随分と攻めた取引内容じゃった。
こちらがギリギリ呑めるか呑めないかの絶妙な内容であった。
この感覚をあやつらが持っておる?……ないじゃろ。
北郷は論外、姜維は将来的にはともかく現在では経験が足りないじゃろう。馬家?つまらん冗談は嫌いじゃ。
もしや、まだ見ぬ知恵者が他にもおるのかのぉ。涼州の知恵者といえば楊阜あたりじゃが……調べさせる……のはリスクが高いか、異民族が入り込んでおる今動くのはよろしくない。迂闊に動いて間諜か内通者と疑われてはかなわん。
……あ、そういえば魯粛を無条件に信用、いや信頼しておるが……北郷と一緒におらせて大丈夫じゃろうか?チ○コ太守、種馬などと呼ばれ、その名に恥じぬ活躍()っぷりじゃ。
「魯粛だけでは大変じゃろうから張勲も付ける」
「「?」」
まぁ、指示の意味はわからんじゃろうな。
魯粛を疑ってはおらぬ、しかし主人公の北郷一刀を侮るなどしてはならん。
本来なら吾が直接対応したいところじゃが……任せると口にしてしもうたし、何より吾が前面で出れば妥協点まで話を持っていくのに時間が掛かってしまう。
一円を拾うと損をするという話が現代にあったが、今の吾らは落ちておるのが一万でも損するような次元じゃからのぉ。
……宝くじならば拾うぞ?今の吾なら当たりくじを引けじゃからな。
話を戻すが、北郷一刀の魅力チートは侮れんのは確かじゃ。
しかし七乃には通じぬと自信を持って言えるし、七乃なら魯粛が万が一堕ちた場合は察することができるじゃろう。
もし魯粛が危うい時は……北郷が涼州に帰れる未来はないじゃろうな。
「では、任せたぞ〜」
「「御意」」
心配は心配じゃが吾も仕事があるからのぉ……孫権だけに任せるのも悪いしの。
どうやら北郷一刀と姜維以外にも知恵者はおるようじゃな。
交渉自体は北郷がごねたりして無駄に長引いたようではあるがどうも既定路線に乗せられた感があると魯粛が言っておった。
それと姜維はどうも顔に出ない激情家らしく、交渉には極力口を挟まなかったが偶に口を開けば嫌味か棘を含んだ言葉が多かったらしい。
……こんな奴らを使者として送ってきたあたり涼州の底が知れるのぉ。底が知れるのは馬家の能力の低さか人材の層の薄さかはわからぬがな……まぁどちらもかの?
それでも貿易を再開したのは馬家に貸しを作っておいて損はないじゃろうと踏んだからじゃ。
そして肝心の魯粛の様子は……特に変わりはないようじゃ。
さすがに主人公じゃからと警戒し過ぎたか?……いや、慢心は駄目じゃ。それは金ピカフラグじゃぞ。
しかし、また物価が上がってしもうたぞ。これでは揚州の鎮圧作戦はあまり進めたくないぞ。
「討伐軍は順調なようですねー」
うむ、五万の敵を撃破し、史実では張宝の配下にして負けが確定すると刺し殺して投降した裏切り者である厳政を討ち取ったらしい。
ちなみにこちらの被害は今までで千に届かん程度じゃ。
弩と弓による射撃だけで、白兵戦にならぬから一方的な戦いを繰り返しておるそうじゃ。
白兵戦になれば関羽もおるしの。