第五十八話
<孫策>
「もーーーーーー!!なんで戦っちゃ駄目なのよ!」
「討伐軍が優先されるのは当然だ。それに我らが動けば動くほど民は食に困ることになると説明したはずだが?」
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて、とっとと片付けちゃえば負担も減るでしょってことなのよ」
「ふむ、一理あるな」
当然よ。さすがに考えなしに戦いがしたいわけじゃないわ。
……最近冥琳だけじゃなく蓮華まで小言を言うようになってきたから少しは考えてるのよ。
蓮華はどうしたのかしら?ここのところ私に冷たいのよね……何かした覚えはないんだけど。
「一理はあるが……自分の仕事を片付けてから言うんだな」
「ちゃんと片付けてるわよ」
「周瑜が、な」
何言ってるの?私は私、冥琳は私よ。一心同体なんだから冥琳が成したことは私の成果よ。
あからさまにため息ついて……文句があるなら買うわよ。
「別に貴女の母上に胸を張って伝えられるなら特に問題はない」
大丈夫、母様ならため息五回ぐらいで許してくれるわ。
……ちょっとなんで蓮華が怒ってるのよ。この蓮華は私の妄想はずでしょ!
「そして本題なんだが……邪魔だから出て行け」
「結局それ?!」
「仕事があるのでご退室願いますでしょうか」
言い直しても本音を先に言ってる段階で意味が無いわよ!
ハァ、また街に出てお酒でも飲みに行こう。
それにしても南陽は余裕が出来たはずなのになんで戦っちゃ駄目なのかしら、やっぱり私達を独立させるのを阻むための妨害工作?でももしそうなら蓮華はそんなこと言ってこないのが気にかかる。
具体的な条件が知らされてないってのがねぇ……でも蓮華は知ってるって言ってたっけ?なら安心……なのかしら?冥琳はそれで納得したようだけど。
それに私自身もだけど兵士達の士気も下がってきてるし、何か手を考えないと動く時に動けないわ。
「おや、策殿。このようなところで奇遇ですな」
「奇遇もなにも私達の行き付けの酒場でしょうが」
ここにも一人、士気が下がっている者がいた……まぁ祭なんだけど。
机の上に並ぶ酒瓶は三つということはここに来て少し時間が経ってるみたいね。
「こんなところで油を売ってていいの?冥琳に怒られるわよ」
「その言葉をそっくりそのままお返ししますぞ」
「私はちゃんと冥琳に任せてきたから大丈夫よ」
ハァ……お昼から飲むお酒は美味しい……でも南陽にあるお酒に劣るのが難点ね。
このお店で出しているお酒が悪いわけじゃない。南陽のお酒が上質……いえ、異質過ぎるのよ。
一体何よ。袁術ちゃんが作る蜂蜜酒は口触りが柔らかく、飲みやすいのに思った以上にきついお酒で演習の時は不覚をとったわ……まさか私があんなに簡単に酔うなんて思いもしなかった。
ただ、蜂蜜酒は柔らかすぎて私達の好みに合わない……と思ってたら試作中のきついお酒……たしか蒸留酒とか言うのを試飲させてもらったんだけど……あれは凄いわ。今まで飲んだお酒がなんだったのかと思うほどの味だった。
あれから袁術ちゃんに頼んで優先的に譲ってもらってるんだけど、さすがに戦場には持ってこれないし、持ってきて飲んだりするにはきつすぎるから置いてきた。こんなに暇になるなら持ってきたら良かった。
「しかし平和じゃのぉ。豪族は勅命により半分は服従、もう半分は書状で遅参の詫びと言う名の時間稼ぎをしつつ楚国をもう一度と妄言を掲げる厳虎だか厳白虎だか知らぬが、自称東呉の徳王などと名乗っておる山賊を支援してこちらを排除しようとしておるがあちらはまだ守勢に徹するつもりのようじゃし黄巾とかいう賊がたまに出てくるが数が少なく、若い将に経験を積ませる程度でしかないし……」
「一番厄介な蛮族に対する方針は専守防衛、それも今は小康状態で本当にやることがないわよねぇ〜」
「全くじゃな」
冥琳と李厳さんはそれでいいと言ってるけど、それは私達の都合で民には関係がないじゃない。
万全での戦は確かに大事、でも多少の無理を押してでも戦わないといけないこともあるはず。
実際自称東呉の徳王は元が山賊なだけあって内政なんてできるわけもなく、略奪紛いなことばかりして民は苦しんでいる。
……というか楚国っていつの話よ。
蛮族だって小康状態とは言っても全く襲ってこないというわけじゃない。
「……こうなったら州牧に訴えてみるのも手、かな?」
「しかし州牧は袁術の親戚であるし、決して武断派ではない。なにより就任してあまり時が経っておらぬから基盤ができておらんから無理ではないか?」
「そこよ。このままだと袁術ちゃんの手柄が増える一方で州牧の得る物は少ないわ。このままじゃ袁術ちゃんの影響力ばかり強くて基盤なんて固まらないわよ」
「……なるほど、妙案に思えるのぉ」
よし、なんか光が見えてきたわね。
早速冥琳に相談しない——
「雪蓮、こんなところで何しているのか聞かせてもらおうか。聞く耳は持たないが」
「……それって聞く意味がないじゃない。冥琳」
「またややこしくなることを言いおってからに」
「……姉様が申し訳ありません」
「いや、孫権が悪いのではないぞ」
元々問題になることではあったのじゃ。
現在の州は国と言っても過言ではない状態じゃ。つまり揚州の現状は親戚関係であるとはいえ、外の国の武力を借りていることになる。
その武力に頼りきっている現状が問題であるのはわかっておった。しかし、吾と袁遺は現実問題どうしようもないので目をあえて瞑ってきたのじゃ。暗黙の了解というやつじゃな。
それを孫策達が周りに気づかせてしまった。そして多くの者が知ったからには州という大身としては問題にしないわけにはいかず、解決せねばならぬ。
……本当に迷惑な話じゃ。
揚州の力というのは豪族の力ということになる。元々漢王朝も熱心に開拓していた地ではなかったからのぉ。地方豪族の力が強くなって当然じゃな。
そして豪族の力を振るうと豪族達の発言権が強くなることになってしまい、比例して袁遺の発言力が小さくなることに繋がる。
「このまま吾の力で鎮圧を終えたなら李厳か呉懿をそのまま揚州に駐留させて基盤を作らせたものを……」
「……もしかすると姉様はお嬢様と魯粛様の下では返り咲けないと踏んだのかもしれません」
「む」
ああ、なるほど。
言われてみれば孫家は揚州の豪族、つまり袁遺に欠けておる武の力となって発言力を強化しようと言うわけか。
それに周瑜の実家である周家は盧江郡に大きな影響力を持つし、人脈もあるじゃろう。
「納得はできたが……あやつら、わかっておるのじゃろうか。経済は既に吾が握っておることを」
「冥り——周瑜は諜報も担っているのである程度わかっているでしょう。しかし、それでも過小評価している可能性は捨て切れません」
黄巾の乱に入ってから大きく経済は変わった。
一時的には守りに入らねばならなかった吾らであったがそれはライバルと言える他の商家達も同じこと、そして攻めに転じるのがもっとも早かったのはもちろん吾らじゃ。
この一ヶ月ぐらいの間に揚州の貿易路を孫堅存命の頃以上に広げ、軍需物資で荒稼ぎした資金で商会券を増やし、揚州で流通させておったのじゃ。
まぁおかげで書類地獄が増々で魯粛達が黄巾賊退治から帰って来ても忙殺されたのじゃがな。
実はこれらは勅命によって揚州の豪族達を服従させるようにする前から仕込んであったことなんじゃが……まさか黄巾賊による南陽侵攻とタイミングが重なるとは思わなかったがの。
ちなみに孫権がこれらを知った時、何やら目が死んでおったが……まぁ些細な事じゃろ。
「まぁ吾から離れたくば離れても良いが……借金の返済、どうする気なんじゃろ?」
まさか忘れておらんよな?あやつらが袁遺に仕えると給金は十分の一以下じゃぞ?
ちなみに完済まで……何代かかるかのぉ?
「姉様達を即刻説得します」
「いや、別に吾は構わんが——」
「説得させてください」