第五十九話
袁遺の下へ周瑜の従姉妹である周循、同じく黄蓋の従姉妹横柄という者が仕えることとなったのじゃ。
結局豪族、というか周家と黄家の発言力が強まる……ように見えるが実はからくりがある。
孫堅が作った借金じゃが……実は周家と黄家が連帯保証人になっておったのじゃよ。
まぁ孫家単独では州牧が必要とするような資金を友人とはいえ貸すことはできぬから当然の処置じゃな。
つまり……今まで周瑜と黄蓋に『善意で』個人に請求しておったのを周家や黄家にも回して首輪を着けたわけじゃ。
これで吾が手綱を握ったことになり、結果的に袁遺の影響力は保てたままになるわけじゃ。
世の中弱肉強食じゃのぉ。……まぁ金の強さが無ければ間違いなく吾は弱者じゃがな。
「周瑜から返事が来ました。どうやら今回のことは不可抗力なようです」
む、どういうことじゃ?
「確かに思いついたのは姉様だったようですが、周瑜に相談した段階で却下されたそうです。しかしこの話を袁遺様の側近にたまたま聞かれたそうです」
「……つまり不注意でこのようなことになったと?」
「周瑜と姉様はそう言ってます」
本当か?……いや、孫策は原作より随分脳筋になっておるが周瑜は原作通り有能じゃから吾の足を引っ張る以上に自分達の首が締まるようなことはせんか。
「これは一応孫策に罰を与えておくべきかのぉ……いや、不可抗力じゃし……うーん……」
「是非罰を与えてください。いい薬になるでしょう」
実の姉に容赦無いのぉ……さて、妹様からも許可を頂いたことじゃし何か考えるか……それにしても孫策の太守への道は随分遠いのぉ。
しかし、ただ禁酒や謹慎、罰金のようなありきたりなものでは不満しか溜まらず、反省させるという意味では効力が薄い……何より面白くないのじゃ。
ふむ……おお、そうじゃ。
「では孫策と黄蓋には街の清掃作業をしてもらうとする!」
南陽の街のほとんどは下水設備が充実したからゴミ掃除程度でしかないが揚州のような田舎では……というか大都市と呼ばれるようなところ以外ではそこそこ大きい街ほど排泄物は道の隅にあったりする。
村程度なら処理が簡単なんでまとめて処分したりするが人数が多くなるとさすがに労働力が割かれすぎるのじゃ。
それにやはり清掃作業などの汚れ仕事は嫌われるからのぉ。
「……姉様はともかく黄蓋も?」
「どうせ酒浸りの日々じゃろ?たまには運動してお腹の贅肉を落とすのじゃ!」
「お嬢様、最後の一言は聞かなかったことにします。でないと黄蓋に殺されますよ」
「大丈夫じゃ。吾には優秀な盾がおるからの……孫権期待しておるぞ」
「え、私?!」
うむ、良い肉壁じゃろう……あ、胸部肉壁は相手の方が断然厚いがの。
「……何か?」
「い、いやなんでもないぞ。ど、どうしたのじゃ?」
「何か不愉快なことを考えてそうでしたので」
孫権には孫策のような野生の勘は備わっておらんようじゃが女の勘はきちんと備わっておるようじゃ。
「しかし姉様達が大人しく清掃作業をするとは思えないわ」
「民衆の慰撫ということで大々的に宣伝するのじゃ。ついでに見かけたら応援してやって欲しいとも告げておけば孫策達も真面目にやらねばなるまい。さもなくば孫策達の名声は下がるからのぉ」
「さすがお嬢様、黒いですね」
「ハッハッハッハッ、もっと褒めてたも褒めてたも」
「……ハァ」
なぜか孫権が疲れたようにため息を吐いておるが華麗にスルーじゃな。
しかし、今回の事件のせいで揚州の復興が随分滞ってしもうた……豪族達が発言力を強めようとあの手この手で媚を売ったり足を引っ張り合ったり妨害したり裏切ったりと一時的に混沌としたせいじゃ……それにしても敵対行動が多すぎるじゃろ。もうちょっと協力することはできないのかや。
民にまでは広がらんで済んだが豪族同士に溝ができてまとめるのに苦労しそうじゃと袁遺が嘆いておった。
孫策達の上司として損害賠償を支払うことにした。蜂蜜で贈ろうとしたら魯粛に怒られたからちゃんと現金で贈ったのじゃ。
全く、とんだ出費なのじゃ。まぁ半日もすれば貯まる程度ではあるがの。
黄巾党本体を目指しておった討伐軍が袁紹ざまぁの妨害を潜り抜けて黄巾党本体の一部と接触したようじゃ。
袁紹ざまぁの嫌がらせはなかなか嫌らしく、討伐軍と華琳ちゃんとの歩調を乱す形で行われたため討伐軍単独で戦闘したようじゃ。
討伐軍二万VS黄巾党四万五千と数の上では圧倒的不利であったがやはり装備の差がもろに出た結果となった。
黄巾党はあくまで農民がほとんどじゃ。つまり弩を作る技術も無ければ弓を扱うのも一部の猟師ぐらいである。つまり間接攻撃ができぬのじゃな。
それに比べて吾の軍は全員弩装備で弓も扱えるからのぉ。延々と矢の雨が降らせて黄巾党はガンガン溶かして終いには撤退していったそうな。
死傷者は一万五千と聞く……当然黄巾党だけでじゃぞ?こちらは数人の戦死者と怪我人数十人が出たようじゃがその程度で済んだのぉ。
しかし……接近戦をしない戦術は成果を出しておるが、やはり矢の消費ペースが早過ぎるのじゃ。
今回は相手が多かったこともあって早くも矢が同規模戦闘二回分しかなく、捕虜の話では本体は二十万を超えるらしい……兵站は大丈夫なのじゃろうか?いくら略奪しておっても足りないと思うんじゃが。
何にしろこのまま戦闘に入っては酷い目に遭いそうじゃから一旦後退して補給を行うよう指示をだした。
「なかなか厳しいのぉ。正しく戦争とは数じゃな」
金の数にしろ、矢の数にしろ、兵士の数にしろの。
金蔵がまた一つ空になるのじゃ〜……まぁ明後日には回復するじゃろ。
華琳ちゃんはどうするんじゃろ?吾の討伐軍と協力せずに単独で動くのじゃろうか?しかし、それにはさすがに兵力差があり過ぎると思うがのぉ。
華琳ちゃんの軍は一万五千、これは輸送部隊込みで実働数は一万程度じゃ。
まぁ春ちゃんと秋ちゃんがおるからいい勝負はできるじゃろうが損害も馬鹿にならんじゃろう。
「ふむぅ……もう面倒じゃから頭だけ斬るか?しかし、それでは収拾がつかん可能性が高い……というか本当に賊に落ちてしまうか」
吾は黄巾党と黄巾賊と呼び分けしておる。
それは張角達を慕って蜂起した者達を黄巾党と呼び、便乗して好き勝手しておる者達を黄巾賊と呼んでおるわけじゃが、黄巾党は比較的統率が取れており殺傷を控えた略奪を行うほんの少しだけ良心があるのに対して黄巾賊は統率何それ?俺達はイナゴライダーだぜヒャッハー!な存在じゃ。
どちらも無法者に違いないが誘拐犯が人質を生きて解放するのと殺して解放するぐらいの差があると吾は思っておる。
やはりきっちり数を減らしてからでないと厳しいか。
「お嬢様ー!待っていた連絡が来ましたよー!」
「む、どれのことじゃ?」
「波才さんという黄巾党の人から書状が届きました」
「おお、やっとか!」
では早速読んでみるか……ふむふむ……恭順の意志ありとな。
そもそも波才達が立ち上がったのは重税によって生きていくことが不可能であることを悟ったためらしい。
まぁ正しくゲリラ戦を仕掛けるほどに頭の良い波才であれば自分達の将来をより鮮明に見ることができたじゃろうなぁ。
普通の民はそこまで頭が良くないため、餓死するまで我慢してしまうことが多い。
つまり世に言われる黄巾党や黄巾賊とは毛色が違うようじゃ。
ただ、なんで黄色い布を巻いて活動していたのか……という疑問の回答も書状に書かれておった。
簡単にいえば大量に黄色い布が出回っていて安かったので識別する目印にちょうどいいと思ったらしい。
……もしかして賊達の中にも同じような意図で使っておる奴らがおるのではないか。
確かに黄巾の乱以前は黄色い布は格安で出まわっておったな……もしかして便乗じゃなくてたまたまの偶然だったりするのか?
まぁ、賊を見分けるのに楽になったから良いがの。