第六十話
「というわけで本格的に波才の免罪を勝ち取るのじゃ」
「とは言ってもまたいつものように」
「物理(金)的に殴って黙らせるんですけどねー」
これこれ七乃、言葉が汚いぞ。
事実であってもそういうことは言ってはならんのがお約束じゃろ。
「ではでは〜お嬢様、こちらに判をどうぞ」
「ん?……ポンッとな」
中身は見ておらんがこのタイミングで七乃が出してくるんじゃ、悪いものではあるまい。
「はい、これで免罪完了ですよー」
「……え?」
なん、じゃとっ?!
「波才某さんが恭順することは規定事項でしたからねー。既に根回しは終わらせてました!偉いですか?褒めてくれてもいいですよ!」
「おお、珍しく七乃が冴えておるのじゃ!」
「でしょでしょ。まぁこれで波才某さんが恭順してこなかったらお嬢様の面目丸つぶれでしたけど」
……言われてみればそうじゃな。ま、そのような小さいこと気にせんがな!
何より波才の気が変わらん内に話をつけなければならない分お手柄と言えるじゃろう。
「よし、早速この件を波才に伝えよ……いや、いっそ大々的に黄巾取り込みを——」
「さすがにそれは難しいかと、南陽郡内部は問題ないにしても他のところでは黄巾賊への怨嗟は酷いものです。それを無罪として召し抱えることを公にしてしまえば反発は必至かと」
む、配慮が足らんかったか。
「ふむ……では、こちらで勝手に審査して取り込みを図るとするか」
まずは調べるのは……張燕、廖化、周倉、韓暹、劉辟あたりはチェックしてみるかのぉ。
吾が覚えている限りではこやつらは後に劉備、曹操、そして独力で太守になったやつらじゃ。この世界でも同じ流れかは知らんが史実で劉備の配下となった廖化、周倉、劉辟がこの世界でも同じく配下になるとすれば、それは波才と同じように賊ではなく、民の命がけの訴えである可能性は高い。
そういう者達で官軍を退けるほど有能であるならば取り込むことも吝かではない。
もっとも廖化はイマイチ実体が掴めぬがな。史実と演義で随分と登場する時期も内容も違うしのぉ……まぁ今活動しておるから演義であろうがな。
それにしても文官が増えぬのぉ。
荊州におる名士達は劉表という身近で強大な劉家がおる以上吾になかなか仕えてくれぬ……決して子供太守の悪評判で仕えてくれぬわけではない……はずじゃ。
……馬家に振られたのは痛いのぉ。馬良を称える言葉で『馬氏の五常、白眉もっとも良し』とある。つまり五人兄弟で一番優秀という意味じゃが、注目するのは『もっとも』という部分じゃ。
もっとも、というのは他も良くないと使わぬはずじゃ。つまり馬良以外の四人も……優秀であるということじゃ。まぁ馬謖は知っておるから実質三人じゃがな。
その三人の誰かを……と思って勧誘してみたが金では靡かなかったのじゃ。
荊州の名士は中央の政争を避けて平和を好み、そして何より金に困らぬからのぉ……これじゃから金持ちは嫌いじゃ。(高速ブーメラン)
こう考えると関羽もまだ擦れてない頃であったから勧誘が楽だったんじゃろうなぁ。もうちょっと後であったなら原作史実同様頑固者で勧誘できなかったじゃろう。
「では受け入れ準備として波才達の通る道を——」
「手配済みです」
「ならばこちらに来るまでの兵糧を——」
「もうお届け済みですねー」
「……じゃあ取り込み用の名簿を——」
「既に影達に作成するよう指示を出しました」
……仕事が早いのは良いことじゃが……なんかたまらなく寂しいのじゃ。
まぁやる仕事が少なくて嬉しい方が大きいがな。
驚きの新事実発覚じゃ。
波才は……南陽に隠れておったようじゃ。
皇甫嵩爺ちゃんと朱儁ばあちゃんが討伐に来るという情報を手に入れてからすぐに限界じゃと感じたらしく、南陽に難民として紛れ込んだそうじゃ。
……いくらかそういう者もおるとわかっておったが……徹底的に調べさせるべきか?しかし人手が足りぬ。
いや、波才達にやってもらうか、同じ穴の狢、蛇の道は蛇、昔(今?)とった杵柄と言うしのぉ。
諜報部隊としては信用できんが黄巾賊とは反目しておるようじゃし黄巾党なら穏便に片付けてくれそうじゃしな。
「それにしてもなぜ波才がジェンヌ風なんじゃろ」
男役の花形っぽくて女受けが良いらしい……まさか第二の黄巾党か?張角達はアイドル、波才はジェンヌ……ならば貂蝉達も同類かもしれん。ただしおネエ系じゃがな。
そして豪族達に人気があったのは女尊男卑の中で至極当然のことだったのかもしれない……というか波才がここにおるということを知って豪族達がいくらか流れ込んで来ておるのじゃが……追っかけか親衛隊か?
何にしても妙な人脈が増えたのじゃ……雇うからには波才の待遇を良くしろという嘆願書が山のように来た時は自身の口が引き攣っておったと認識ができたのぉ。
せめて冷遇……いや、もう少し時間が経ってからならわからんでもないが……これだから狂信者は。
何にしても妙なカリスマを持って者を配下に入れてしまったのじゃ。
本人は別に悪い人ではないんじゃが、いやむしろ有能な人材じゃ。何より文官の仕事までできる……デスマーチ仲間が増えて嬉しいぞ。
そしてもう一つびっくりな事実があるのじゃ。
「なんで牛金が配下におるんじゃろ?」
出てくる年代が少し違う気がするが、それは今に始まったことではないから放置するとしてなんで牛金が波才の……ひいては黄巾の乱に参加しておるんじゃろ。まぁ考えても答えは出ぬのじゃが。
もっともこちらは真面目な脳筋で、真っすぐ行った店と説明したら道沿いに真っ直ぐではなく、自分から見て真っ直ぐに進んで家を倒壊させた強者じゃ。
春ちゃん以上に扱い注意な人物であるが、ちゃんと細かく指示をすれば真面目に熟すので四桁ぐらいの足し算引き算程度なら淡々と行うなど単純作業なら得意という微妙な脳筋じゃ。
平民としては四桁の足し算引き算ができれば脳筋とは言わんのじゃがのぉ……土地を耕せと言われて文字通り一日中耕し続けたりと武勇伝が絶えん奴らしい……残念なやつじゃ。
実際、こちらに来てから早々に壁をぶち破ったという話も聞いた。と言うかその書類、吾が処理した覚えがある。
「……まぁ、金で片付くことなら別に構わんがな。」
(壁と言っても特別なお客様を迎えるための特別仕様の玄関を粉砕されてそれで片付けてしまうのはさすがお嬢様です……嫌になるぐらい金銭感覚が違うわね)
何やら孫権が呆れたようにこちらを見ておるが……そろそろ慣れるべきじゃと思うぞ。
慣れた上で吾を上手く転がす、それがここでのあり方じゃ。
……自分で言っておいてなんじゃがそれで良いのか?