第六十一話
<北郷一刀>
……ハァ、また芋煮だけか……いや、袁術との貿易を復活させたおかげで一日一食、もしくは二日一食から一日二食になっただけでもありがたいんだけど、さすがにこの内容が続くと辛い。
やっぱり俺が使者ってのは無理があったと思うぞ。楊阜さん。
一番の計算違いが交渉のほとんどを任せる予定だった姜維がまさかあれほど弱腰になるなんて俺はもちろん楊阜さんも思いもしなかったようだ。
後で姜維に聞くと、南陽の繁栄とそれを実現させた袁術と魯粛さんを前にすると何をしたらいいかわからなくなったそうだ。
もしかして姜維って権威とかに弱いのか?でも魯粛さんはともかく袁術なんてただの子供にしか見えなかったぞ。いくら名門って言ったってあれにビビるって……ないだろ。
涼州の皆がこんなに困窮しているのに南陽は栄華を極みといえるほど栄えていた。
なんで同国の人が困っているというのに助けようとしないんだ。しかも侵略を受けている中で食料の貿易を絞るなんて暴挙まで……楊阜さんは朝廷を通して抗議をしたんだけど……まさか全く相手にされないどころか逆にこちらが責められることになり、更に食料の輸入は厳しくなった。
そんな不満を隠せずに交渉の場に立ってしまった俺と弱腰になってしまった姜維ではまともな駆け引きができるわけもなく随分厳しい契約内容になってしまった……楊阜さんはそれでもよくやったって褒めてくれたけど、今もなぜもっと冷静で居られなかったのかと後悔している。
「ハァ……せめて羌族がもう少し話を聞いてくれたら……なんて言っても仕方ないか」
「今の奴らにいくら話しても無駄だって言ってるだろ」
「でもな、翠。このまま戦い続けてもお互い被害が大きくなるだけでいいことなんて何もないんだぞ」
俺を拾ってくれた恩人である馬騰寿成の娘、馬超孟起、真名は翠。未来の劉備が作る蜀の五虎大将軍の一人だ……なぜか女性だけど。
馬騰……翡翠も女性なのだ。この世界は三国志のはずなんだが多くの武将が女性となっている。
話に出てきた袁術や魯粛、姜維も全て女性だ。本当に一部男性が居たりするが数は少ない。
そしてそのためか女尊男卑の傾向がこの国にはある。そんな中で俺を重用してくれる馬家の人達には感謝してもしきれない。
「楊阜先生が言ってたじゃないか、羌族の支配している地域で干ばつが発生して食料が足りない。そしてそれを補うために涼州を襲っている。しかし涼州にも余裕がない——」
「だからお互い口減らしも兼ねて戦い続ける……か」
修羅の国があるとすればここなのじゃないかと思える。
この食糧不足で黄巾賊も発生して大変……かと思ったんだけど涼州内でいくら襲っても食糧不足が改善されないことに気づいた黄巾賊は南陽を攻めたのは記憶に新しい。
実は涼州内でもこのままでは生きていけない、貿易を止めた(実際は続けていたが微々たる量で目に入らない)南陽を攻めるという案まで上がっていたぐらいだ。
その時は楊阜さんがなんとか抑えたけど不満が燻っていることはわかっているため、俺と姜維が使者として出されたわけだ。
俺が抜擢されたのは他所者であることと実績の無さを配慮してのことと聞いた。
馬家には脳筋……猪突猛進な人が多いからなぁ。
翠もそのうちに入るし、翡翠や韓遂、蒲公英も脳筋とまではいかないけど細かいことが苦手で大雑把なところがある。
だからこそ楊阜さんがこの世界の常識に疎いが計算や現代の知識からくる発想を持つ俺を重用してくれている。
「それでも、話し合いをしないと決着がつかないだろう」
「それはそうかもしれないが——」
「急報!急報!街亭に向かって羌族が侵攻中!早急に集まるよう馬騰様からの通達です!」
やばい、街亭といったら南陽との貿易の要だ。
やっと少しだけ改善された食料事情が一気悪化するぞ?!
「翠!」
「ああ、急がないと」
でもおかしいな。
貿易路の周りには警戒網を構築して、最寄りの都市から軍を動かすように指示を出していたはずなんだけど……また出し渋ったか?
「どうやら羌族が陽動を仕掛けて軍を翻弄したようね」
「「楊阜さん(先生)」」
羌族が騎馬隊を中心にしているから想定はしてたけど、機動力がある軍は脅威だな。
涼州も騎馬隊が主軸だが、問題は騎馬隊同士であった場合、守勢より攻勢の方が有利だということだ。
なぜなら基本的には攻勢側に主導権がある。いつ攻めるのか、何処へ攻めるのか、いつ退くのか、全て攻勢側が決め、守勢側はそれに合わせるしかないため動きが一歩以上出遅れる。
例えそれが一歩であっても……あの、あの惨たらしい略奪を行うには十分な時間なんだ。
男達は殺され、女達は略奪地から離れた場所で裸の状態で殺され、山積みにされたあの地獄絵図を再現するには——
「一刀……」
「大丈夫だ」
いけない、翠に心配させてしまったようだ。
それに今目の前にある問題を解決しないと……それこそまた、あの光景が繰り返されないように。
ふむ、何やら涼州の方が騒がしいようじゃが、まぁそれは吾の管轄外じゃな。
それよりも華琳ちゃんが黄巾党と激突したそうじゃ。
吾の軍のように間接攻撃をメインにしておらんからガンガン殴りあったようじゃ。
しかし……一万五千対三万の接近戦で千二百の損害で撃破したのはどういうことじゃ?接近戦でたったそれだけの被害で収まるとは……さすが華琳ちゃん、で納得して良いのじゃろうか。
吾の軍だと恐らく被害は四千を超えるはずじゃ。
本当に戦争とは数なのか?妙に信用できなくなってきたぞ。