第六十三話
<普通でハムの人>
「……………………なんだこれ?」
「ですから南陽郡太守であらせられる袁術公路様より北の蛮族を見事抑え、国の安全に尽力を——」
いや、そういうことじゃないんだけど……なんで今をときめく南陽郡太守が啄郡太守なんて田舎者にそんなことで贈り物をしてくるなんて聞いたことがない。
それに何より——
「も、目録を見るとおかしな桁の額と蜂蜜が……」
「いえ、袁術様のお小遣い程度ですのでお気になさらず。むしろ功績からすれば少なすぎて申し訳ありません。寛大なお心を持って受けていただければ幸いです」
…………
………
……
…
ハッ?!意識が飛んでた。
お小遣い?少なすぎ?意味がわからない。
目録には啄郡の税収五年分でもお釣りが出る金額なんだぞ?!
蜂蜜はなんて私の部屋が埋まるぐらいあるんだぞ?!
こ、これが都会の力……いやいや、混乱するな私。盧植先生の塾は司隷にあったじゃないか。つまり都会云々は関係なく……うん、袁家の血(ブルジョワ)だな。
そういえば袁紹も冀州で派手なことしてたよな。
「こ、これもらっていいんだよな?」
「もちろんでございます。自由に使っていただいて結構です。あ、その前にこちらに受け取りの署名と判か拇印をお願いします……はい、ありがとうございます。では失礼致します」
……使者として来たんだよな?なんか最後のやり取りがすごく商人っぽいんだけど……まぁいいか。
それにしても……ど、どどどどうしよう。
こ、こんな大金見たこともない。
お、落ち着け、こういう時は深呼吸をして……ス〜ハ〜……よし、落ち着いた。
とりあえず……貯金するか。
「いや、違うだろ私!」
こんなことだから影が薄いとか普通の人なんて言われるんだ。
ここはやっぱり白馬義従の拡充……いやいや、街の発展が先……あ、その前に優秀な部下がいるな!街が発展したら今まで以上に仕事が増えるだろうし。
これだけ金があればいい人が雇えそうだ。
袁術の気まぐれによって普通のハムな人は王修、董昭という知恵袋を手に入れることに成功した。
これがどのような影響を及ぼすか、まだ誰も知らない。
袁紹ざまぁの参戦で物資補給が楽になったのじゃ。
実は吾、官軍から物資を徴収する権限を持っておるんじゃよ。
なにせ吾らは朝廷に請われて軍を出したのじゃからこれぐらいの権限は当然じゃろ?……まぁ地方豪族からの徴収はできんがの。
強制接収ならできるが敵は少ない方が良い。
袁紹ざまぁ?あやつが州牧になろうがどうなろうが率いておるのは官軍として扱うから問題なしじゃ。
もし私兵じゃと言い逃れするようなら反逆罪として一族郎党皆殺しじゃな!
「お嬢様お嬢様、わかって言ってます?袁紹さんの一族を皆殺しにすると自身も巻き込まれるんですよ?」
…………。
さて、袁紹ざまぁから徴収した物資のおかげで前回の戦闘ならば十回ほど行える程度には備蓄できたので決戦が行われても大丈夫じゃろう。
ただ、袁紹ざまぁは徴収した分を補給するまであまり動けんから無理は禁物じゃがな……まぁ一当てぐらいはしておくように指示は出しておるが。
そうそう、結局甘寧は吾の家臣となって孫権の下に付くことになったのじゃ。
吾と孫権で話し合い、今の状態で甘寧ほどの隠密を持つと自身はともかく孫策達がどう動くかわからないと言うことで合意したことによるものじゃ。
職場では孫権の方が上の立場じゃが、家の立場となると孫策が上というややこしいことになっておることが問題なわけじゃ。
まぁだからと言って孫策を重用しようとは思わんがな。
他のところでは知らんがここでは文民統制が基本じゃから武官の立場はあまり高くない。と言うか高かったら面倒過ぎる。
吾に対して忠誠心はどの程度のものかは知らんが将が増えたのは嬉しい事じゃ。
ちょっと笑えるのが先に入ったということで周泰が甘寧の先輩となってしまったことじゃな。
周泰が少しお姉さん振って甘寧に教えている姿がなんとも……まぁ書類仕事は甘寧の方が長いのでそちらでは逆転してしまうがの。
この二人は本当に隠密として優秀で、荊州と豫州の情報なら手に入らぬものはないほどじゃ。
もっとも豫州に関しては袁家の力と合算じゃがな。
「しかし劉表のじじいも気合入れたならもう少し戦果を出して欲しいものじゃ」
南荊州の黄巾賊を五千ほど討っておるが領地の回復はまだなされていない。
いくら平和ボケしておるとは言っても限度というものがあるぞ。
吾が物資を提供してやったかいはなかったようじゃな。
「仕方ありませんよー。配下に弱々な武官しかいないですから、唯一なんとかしてくれそうな蔡瑁さんは北荊州にお留守番ですし」
「味方同士で足の引っ張り合いか」
馬元義を討ったのは蔡瑁じゃ。
その手柄を妬んで討伐に参加できなかったのじゃ。
今までの失態を取り戻したと言えなくもないが良いところを持って行かれたと見られても仕方なかろうなぁ。
もう少し自重するべきであったな。どうせ名誉挽回なんてせずとも荊州内の武官トップという地位は変わらぬのじゃから。
「しかし、北荊州はまだ完全に安定しているとは言えません。実際盗賊や黄巾賊が小規模ながら発生していますから蔡瑁を置いたのも間違いとは言い切れないと思います」
孫権らしい守りを重視した話じゃな。
まぁ、蔡瑁がおったからと言ってどうにかなるとは思えんがな。
そもそも本来黄巾賊や盗賊がこれだけ長い間南荊州を支配できておるということは民衆もそれほど不満がないということじゃ。
現在前線では黄巾賊が籠城しておるが、籠城というのは士気と民衆の支持が大事なのじゃ。
民衆の支持が無ければ叩き出されたり嫌がらせにあって籠城が維持できん。
「ハァ……荊州の物価が上がり続けておるからそろそろ終わって欲しいのじゃがなぁ」