第六十五話
<関羽>
「…………暇だ」
すっかり見慣れた矢の雨を眺め、聞き飽きた飛翔音が耳に入ってくる。
そして黄色い罪人達が倒れてく。
「関羽さん、そういうことは思っていても言っては駄目ですよー」
む、そうだな。軍の士気に関わる。失言だ。
将の気の緩みは軍の緩みになる。引き締めなければ。
「とは言っても私も暇なんですけどねー」
おい、気持ちはわかるがさっきの今でそれはないだろ。
ハァ……本来私が先陣を駆け、程立が策を巡らし、総大将である文聘殿が全体を見て指揮を執るというのがあるべき姿のはず。
しかし現実は……
「弓、弩、矢、盾しか使っていない……私や程立の出番はいつあるのだ」
敵が近づく前に射殺す。
確かに矢玉が用意できるなら効率的かもしれない。しかし、矢玉の消費による予算圧迫は非効率的……などと言うと袁術様に「金を渋って兵士を殺すのはもっと非効率じゃ!」と怒られるだろう。
袁術様の志はいつも仕事を怠けている姿とは違って見事と言えるが……とりあえず働きたいのだ。
どこからとも無くニート侍という声が聞こえるのだ。意味はわからん、わからんが……なんだかとても不愉快な称号な気がする。
「あ、ちなみに私は兵站の管理がありますから割りと忙しいのですよー」
なん……だと……?!う、裏切ったな程立!
「むしろこのような戦いをしていると兵站の管理こそが要と言えますよ」
くっ、反論が思いつかん。
このままでは私の役目が——
「そのあたりにしておいてください。関羽さん、千ほど連れて東にある森の偵察をお願いします」
おお、天の助けとはこのことだ。文聘殿はできる総大将だと思っていた。
ああ、仕事があるということは素晴らしいな。
「そういえば南陽は難民と黄巾党の受け入れで人口が随分増えたそうですよ。多分帰れば仕事漬けの日々ですねー」
やはり暇なぐらいがちょうどいいかもしれんな。
寝る時以外椅子に縛られる生活などあまりしたくない。寝る時間すら四時間とは……金があるからと油や蝋を贅沢に使い、虫の眠るような深夜まで仕事をするのはどうかと思う。
……せっかく久しぶりの仕事で気合が入っていたのに水を差すようなことを言わないでもらいたいものだ。
「では、行ってくる」
「敵と遭遇した場合はくれぐれも慎重に、勝てる戦いだけをするように」
負けるつもりで戦うようなことはするつもりはない……が、注意しておこう。
今の私は鬱憤が溜まり、的確な判断ができるか悩むところだ。
千の騎馬を率いて偵察へ出る。
文聘殿は優秀だ。
黄巾賊を寄せ付けずに撃退し続けているのは豊富な資金力や弓矢、弩によるものだけではなく、彼女の指揮が巧みなのも大きい。
敵の行動の先を読み、それを潰す。言葉にすると当たり前過ぎて凄さがわからないだろう。
牽制、誘導、誘引、一斉射撃。
やっていることはそれだけなのだが、それを全て計算だけでやっているという……私とは頭の出来が違いすぎる。
そんな彼女が何もない場所に千もの偵察部隊を送ることはない。
そして先程の注意……十中八九戦闘があるだろう。ただし、数は把握できていない。
今戦っている黄巾賊の数は二万だったのが一万まで減っているのだから全軍で当たるほどの敵ではないのだから敵の数がわかっているなら撃退できるだけの数を用意して対応するか、戦闘を中断して戦いやすい地を選び直すか、そもそも無視するかだろう。
つまり私に求められているのは第一に情報収集、第二に撃退、第三に遅延行動だろう。細かに指示はなかったが外れてはいないはずだ。
そして私達が選ばれた理由を考えれば——
「あれか」
土煙が見えた。規模から察するに二千から三千といったところか……なるほど、相手は全て騎馬か。
どうやら文聘殿が把握できなかったのはこれが原因か、そして文聘を補佐している程立まで読みきれなかったのはこれが悪手であるからだろう。
騎馬隊で森を踏破など疲労が溜まる上に指揮も相当達者でなければ脱落者が多く出る。
黄巾賊が行うには悪手でしかない……私達ならできる自信はあるがな。
さて、部隊の走る速度を落とさせる。
あちらが向かってきているのにわざわざ馬を疲れさせてまで迎え撃つ必要はない。
問題は撃退か、撤退か、遅延行動か……撃退だな。
あの程度の敵ならここで討っておくべきだ。特に機動力のある騎馬隊をここで潰しておけば補給部隊の安全に繋がる。
「迎撃用意」
久しぶりの戦いだ……とは言うものの——
「放てぇ!」
やはり開幕は矢の応酬……ではなく、こちらから一方的に矢を放つだけか。
黄巾賊が騎射などできるわけもない……いや、いくつか矢が放たれているようだな。
まぁ、私達は騎馬隊とは言っても重騎馬隊であるため黄巾賊が放つような弱い矢では馬の鎧すら貫くのはかなり難しい。
そして当然騎乗者も分厚い鎧を身にまとっているため、よほど運が悪くないかぎり傷を負うことはない。
「持ち替え!…………放てえ!」
まだ接近戦とはならない。
先程までは李典が開発したという最新式の短弓で、今度は弩に持ち替える。この弩も李典が改造したらしい。
騎馬隊用の弩は最初から装填されていてそれらを合わせた重量が標準の弩に比べて軽く、一度放てば使えなくなる使い捨てだが四つほどなら馬にあまり負担を掛けずに持ち運べるものだ。
これらが終わればやっと接近戦だが……既に黄巾賊は同数ほどになっているし、その三分の一ほどは落馬して無力化、陣形も崩れ去っている。
あ、陣形は元々組んでいなかったか。
ここまで来ると可哀想になってくる——
「突撃!」
だが、戦場に情けは不要。
黄巾賊に襲われた民達の悲惨さを見れば情けなど言っていられない。