第六十六話
<関羽>
結局一度の突撃で黄巾賊を粉砕、こちらの損害は突撃の際に馬が転けて落馬してしまった三名が軽傷らしいがそれ以外は特に無い。……しかし突撃で落馬してしまうとは情けない。鍛え直す必要があるな。
それにしてもまさか無傷で終わるとは……今まで出番がなかった重騎馬隊だが思った以上に強いようだ。
ただし過信は禁物か、確か魯粛様が作られた教本では弩に対しては守りが破られ、騎馬より愚鈍であるため良い的となると書かれていたはずだ。
今日使った弩の威力を鑑みるに重騎馬の鎧は貫いても不思議はない。幸い相手が賊であったため考慮する必要はないが念には念を入れて検討すべきか、重騎馬隊は軍の中でも少ない馬に乗れる者達で構成されている。
……なるほど、袁術様が良く「金で買えるなら安いもの」と言っていたが、まったくもってその通りだ。袁術様はたまに核心を突くようなことを言う。
他にもあまりに蜂蜜ばかり食べるので蜂蜜と魯粛様や張勲とどちらが大事なのか聞いてみたが「もちろん七乃達じゃぞ」(七乃達がおれば蜂蜜を持ってきてくれるしの)と間髪入れずに答えてみせた。
日頃は悪戯っ子だが、あれでちゃんと君主をしているのだ。……もう少し仕事はして欲しいが。
曹操殿は能力だけ見れば魯粛様をも超える逸材、器に多少歪さを感じるが玉に瑕程度、しかし……あの覇気(と百合気)は災いを招く気がする。
……うっ、なんだから背筋に何かが這うような感覚が……いかん、戦場で気を抜いていたようだ。私もまだまだ未熟だな。
では帰還……いや、待て、よく考えれば『森の偵察』が任務だ。だが、私達がしたことは『森から出てきた敵を討った』にすぎない。
しかし騎乗したまま森に入るのは危険か、いくら重騎馬隊が機動力より防御を重視しているので下馬してもその強さは衰えない……が、馬を放置するわけにもいかぬとなると部隊を割く必要があるか。
戦力は集中運用が基本で分けることは下策であることが多いが……偵察であれば問題ないか。
「……三人一組として十組を森の偵察に出せ、わかっていると思うが戦闘は避けて情報収集を優先、集合は一時間後とする」
出てきた黄巾賊はなぜこちらに向かっていたのか、数はこちらより多かったが今までの戦いで多少の数の多さなど有利にならないことはいくら賊でもわかっていたはず。
大規模な戦闘ならまだしも、今回のような小規模の戦闘ならば逃げるが上策……それにあの部隊が奇襲するための部隊であったならこちらに知られた時点で奇襲は失敗、やはり逃げるべきだ。
相手の指揮官が読み違えた……というなら問題ない。しかし別の狙いがあるとすれば危うい。
偵察が帰ってきた。
どうやら出てきた部隊は囮であったらしい。
本命は……兵糧庫があるようだ。つまりこれを気づかせぬようにするために戦ったということだ。
兵糧というのは重量がある。私達のように馬が充実していればどうとでもなるが普通は安々と移動させることは不可能だ。
なるほど、文聘殿が読んだものの本命はこちらであったか。
兵糧庫の現状はなんとも中途半端なようで、陣を敷き終わっていないようだ。
守りに五千ほどの兵がいるようだが倒すことはできるかもしれん。
しかし矢玉の数が心配だ。弩は先の戦いで既に一組しかなく、矢玉は斉射二回分程度だろう。
そして何より重騎馬隊の強みがまるで活かせない地形……やはり撤退すべきだな。
兵糧庫は直ぐに移動はできないわけだから今ここで慌てることはない。
「安全第一……軍隊でこんな標語を掲げているのは私達だけだろうな」
もちろん、決めたのは袁術様だ。
戦って死ぬより生きて帰ってくるのじゃ!……と言われた時は鼻白んだし、君主としもどうなのだと今でも思う……だが、幾度の戦を経て、分かったことがある。
自分の命、ともに戦う兵士達の命を軽んじていたような気がするのだ。
戦わなくて良い時に戦ってしまう、武人の血が逸らせる。死の恐怖を振り切るように前へ進む。
それらを抑えるには良い標語だと思う……本人にその意図がなかったとしても、だ。
「では、撤収する。早馬を出してこのことを文聘殿と程立に伝えよ」
お、兵站基地を潰すことに成功したようじゃな。
どうやらその周囲の黄巾賊の兵站を支える予定の場所だったらしく、物資が山のように手に入ったようじゃ。
この手柄は関羽のものと文聘から報告が上がって来ておるが……客将じゃと報奨は金か名物のどちらかなんじゃよなぁ。
官位を与えるとなると客将では無理じゃし……そもそも関羽が吾に雇われたのは実家が困窮しておったからであって忠義や忠誠などと言うものはあまりないから迷惑なものでしかないじゃろうな。一応打診はしてみるがの。
兵站を失って混乱しておる黄巾賊を袁紹ざまぁと華琳ちゃんが攻め立てて五万ほど討ち取ったという情報も入ってきた。
うーむ、良いところを持って行かれた気がするが……まぁそんなケチケチしたことを言っておっては嫌われるから気にせんでおこう。
まぁ、ちょっとした腹いせに袁紹ざまぁと華琳ちゃんの絡みあった同人……ゲフンゲフン、絵巻を二人共に贈るとしようかの。
最近華琳ちゃんの方から春ちゃんと秋ちゃんとの絡みも催促されておるんじゃが……もしや関羽のやつがバレたのかや?
まぁ作るのは吝かではないが……どうせならふたなりに……ゲフンゲフン、最近中年思考になってきた気がしてならんのじゃ。気をつけねば。