第六十七話
ビッグニュースが届いた。
劉表のじじいが黄巾賊兼反乱軍が占拠する零陵、桂陽、武陵、長沙の一つ、武陵を落とすことに成功したようじゃ。
どうやら現在の礎を築いた区星と新規参入組である黄巾賊では随分方針が違ったようで、それを利用しての離間の計、さすが文官は充実した荊州……と言いたいがもっと早くに気づいても良かったのではないかと思うが……まぁ諜報組織がザルなのだから仕方ないがのぉ。
そもそも今回の情報も影が知らせたものじゃし……気づくのに半月も掛かるとは予想外ではあったがな。
そして……劉表のじじいの軍の方が賊より質が悪い件について。
それはもう酷いぞ。今まで未納であった税を理由に強制徴収という名の略奪……何が酷いかというと一応合法であることじゃな。
賊に負けておいて何が未納じゃ。
まぁそのおかげで(皮肉じゃぞ?)民衆は一揆を起こすほどの蓄えも気力もなく、平穏(怒)じゃがな。
一揆とは余裕がなければできぬからの。
ただし暴動はかなりの頻度で起こっておるし、男も女もかなり身売りしておるようじゃ……まぁ一種の救済ということで商会も少なくない数を買っておるのじゃが。
これから先、袁紹ざまぁや華琳ちゃんがいる以上は群雄割拠になる可能性が高い。そうであるならば常備兵はいくらいても困らん。
……南陽で兵士になろうとする者は少ないからのぉ。基本的には裕福な者ばかりじゃから命がけな兵士などよほどの動機がないと就職せんのじゃよ。
逆に言うとそれなりの理由で兵士になるから離職率が低く、忠誠も高いがの。
そういう意味では南荊州で買った人間は信用できんが……まぁ運用さえ間違えなければ大丈夫なはずじゃ。強さは大陸一、とは言えんが躾は大陸一じゃと自負しておる……教育ではないぞ?躾じゃ。
「しかしやっと武陵か、鎮圧されるのはいつになるのかのぉ……というかそもそも鎮圧して維持なんぞできるのか?」
「鎮圧して絞りに絞り取った後は中央にポイッと投げるつもりなんでしょうねー」
「目先だけの利益しか見えぬ愚物じゃのぉ。身の程を知っておると言えなくもないが……」
つまりまた南荊州で反乱が起こることを前提にしておるということじゃな。
そしてその責任を中央に擦り付けると……こりゃしばらく南荊州は治まらんな。商会経由でさり気なく救済はできるじゃろうが所詮焼け石に水じゃろう。
「武陵の食料と税金が押さえられたおかげで荊州の物価は下落傾向にありますから私達としては嬉しい限りですが」
……魯粛が何気に冷徹じゃな。
「それはもちろん皆が皆困らない生活ができるといいとは思いますが、まずは自分達の足元を固めなければ助けられるものも助けられませんよ」
「それはそうじゃな」
「それに……私の一番はお嬢様ですから」
……あれ?魯粛の好感度はそこそこ高いことを知っておったがライク&ホビー的な意味かと思っておったのじゃが……まさかloveなのかや?
しかも何やらヤンデレっぽい雰囲気が……魯粛が南陽周辺の経済を握っておるに等しいのじゃが大丈夫じゃろうか。
やはり権限は分散しておかねば……あ、意味ないか。魯粛がその気になればどうとでもできるじゃろうし。
「問題は残りの三郡が武陵の悲惨さを見て意思統一が出来てしまったからこれからはしばらく膠着状態かのぉ」
「それはないかと。あれだけ武陵を傷めつけておいて、長い間駐留すればどうなるか劉表様もわかっているでしょう」
なるほど、短期決戦しか道はないということか……それか——
「撤退か?」
「可能性はありますね。そうすれば反乱軍兼黄巾賊は武陵を再支配、もしくは武陵側から救助を求めるでしょう。そうなれば……」
「武陵という足手まといを連れるか武陵という敵が生まれるかのどちらかになるということじゃな」
「その通りかと」
元凶である劉表のじじいと戦おうにも長江を渡河せねばならぬから全てを吸い上げて撤退する劉表のじじいとは戦いたくても戦えぬ状態になるじゃろう。
うむ、なかなか悪劣じゃのぉ。
「物価も下がったし、そろそろ孫策達に活躍の場を与えてやるとするか」
「厳白虎とかいうお山の大将の討伐ですねー。正直既に支援していた豪族達を手中に収めた以上どうでもいいんですけど、猫さんの遊び相手にはいいと思います」
「一応反逆者じゃからの。それにこのまま終わらせるとうるさそうじゃし……まぁ帰って来てもうるさいのは確定なんじゃが」
なにせ本人は戦果を上げたから太守なり県令なりになれると思っておる可能性が高い……が、吾の選考基準は日頃の仕事の真面目さじゃ。
そしてその基準は合格……いや、保留どころか落第の判を押す以外に選択しがないぐらい酷い。
孫策は大人しく太守や県令などの政治家ではなく、将軍を目指すべきじゃと思うぞ。
直感で動く政治家はまだ良いがバトルジャンキーな政治家はマジでいらん。特に吾の下には、な。
本当は将軍としても微妙なんじゃ……まぁこの世界の人間は恐ろしいほどの戦闘能力を持つ者がおるからそれらが重役に就くことになる傾向があるがの。
まぁ将来的に呂布や張飛や趙雲や春ちゃんや秋ちゃんと戦う可能性を考えれば捨てるには惜しい駒ではあるから少し配慮はしようと思うが……周瑜が仕官してくれたなら困らぬのに。
「さて、そうなると輸送隊の編成……は終わっておったな。後は指示を出すだけか」
「ついでに周泰さんを派遣してはどうでしょうか、荊州の諜報のほとんどを掌握した以上、経験を稼ぐにはいい機会かと」
「ふむ……」
実は劉表のじじい達が使っている諜報員達の取り込みは完了して、眼と耳は既に吾らのものとなっておったりする。
おかげで好きなように情報を捻じ曲げることができるが今のところはほとんど使っていない。こういうことはいざと言う時にとっておくものじゃ。
しかし周泰の派遣か…………正直にいうと不安がある。
本人の忠義は信頼しておる。しかしどうしても原作の関係が頭を過るのじゃ。
万が一周泰が孫策側に寝返られでもしたらかなり痛いダメージを受けることになる。
いくらまだ影の中枢から離れた末端でしかないと言っても実力は影のトップじゃ。もし寝返りを決めれば止めることも殺すこともできぬじゃろう。
そして今度は吾らが眼と耳を失う番となる……まぁ猫々喫茶がある限り寝返りの心配はないはずじゃがな。
しかし、ここは信頼して任さる場面じゃろう。
「わかった。李厳直属という扱いで影見習いを十ほど率いさせるとしよう」
「御意」
と言いつつ影見習いという目付けを付けるあたり吾も器が小さいのぉ。小さいのは身体だけで良いというに。