第六十九話
「袁術様、例の物が出来上がったでー」
「おお、やっと出来上がったか!これで世の平和も近づいたのぉ〜」
さすが李典じゃ。吾にできぬことを平然とやる。そこに痺れる憧れる〜なのじゃ。
「いや、さすがに平和は無理やと思うで」
「何を言う、世のお母様方が楽ができるようになるではないか!この洗濯機の力で!」
「そら、洗濯は楽になるやろうけど、さすがに大げさちゃうか」
なんということを……李典!世のお母様方に喧嘩を売ったぞ。
世のお母様方のお手は年中あかぎれで痛々しいというに……李典、見損なったぞ?!
「いや、えっと……す、すみません」
わかればよいのじゃわかれば。
まぁ、実際は労働力不足で女性の仕事を減らして労働力を確保しようという思惑でお願いした物なんじゃが……黄巾の乱で難民や黄巾党の受け入れで人口増加して労働力確保の必要がなくなってしもうたが、それは言わぬ約束じゃ。
それに……
「でも動力に水車を使ってるから大量生産には向かんと思うで」
そうなんじゃよ。
川がないと使えぬため微妙なのじゃ。
一応風車を動力とした物も作らせておるが……
「風車の方はやっぱり風力が安定せえへんから実用できんと思う。なんやったら人力の方が需要があるんちゃうか」
人力……そういえば鍋の蓋にハンドルが付いたような下着用の人力洗濯機があったのぉ。
しかし、あれは液体洗剤じゃからできることで粉洗剤しかない現状だとちょっと辛いか?それにあまり規模を大きくすると重くてハンドルが回らんじゃろうし、ちゃんと機能するか疑問じゃな。
まぁ手ぬぐいや下着などを洗うには丁度良いから作ってみるのもありか?
「それにしても袁術様は意外と庶民に気を使ってるんやな。てっきり蜂蜜にしか興味がないのかと思っとったで」
「ハッハッハ、蜂蜜を美味しく食べるには民も幸せでなければ美味しくないじゃろ!もしくは吾の幸せのおすそ分けじゃな」
「さすが袁術様や。器がでかいわ〜」
そうじゃろそうじゃろ。
本来の目的である労働力確保はできぬが消費の拡大には繋がるやもしれぬし、そうなれば新たな収入源の模索や税も増えることじゃろう。
もし赤字運営でも技術のたたき台にはなるじゃろうし、職人育成にも使えるじゃろうから別に構わんがの。
それに……李典に軍事兵器ばかり開発させるのは偲びない。
李典は開発がしたいだけで兵器を作りたかったわけではないのじゃ。元々平民じゃから当然じゃな。
それなのに兵器ばかり作らされてしまえば何処かのノーベルさんのように一生を後悔する生き方をしてしまう可能性がある。
開発者が生む苦しみを持ってしまうと悲劇にしかならん。
「扇風機に関してはほぼ完成しとるで……でもやっぱり水力が動力やから洗濯機以上に使い勝手が悪いで」
「そうか……残念じゃ」
と言っておいてなんじゃが思っておった通りじゃがな。
こちらは李典の発想の手助けとなればと思って頼んだ意味がほとんどじゃ。
吾がパッと思いつくのは船の推進用ぐらいであるが李典なら別の発想が生まれるかもしれん。
ところで螺旋槍の動力は——うっ、なんじゃ急に頭痛が——
李厳と孫策達から厳白虎討伐の知らせが届いた。
てっきり黄巾の乱が先に終わると思っておったから驚いたぞ。
厳白虎は反袁の豪族達が商会を通じての懐柔に応じたことで支援が打ち切られて短期決戦を選び野戦を仕掛けてきたとはいえ、数は一万五千、派遣軍は六千と二倍以上の差があり、更に地の利は相手にあるため、どっしりじっくり戦う……予定じゃった。
戦いの全体像を簡単に言うと李厳と周瑜が本隊を指揮して守って囮となり、孫策と黄蓋が奇襲を仕掛けたようじゃ。
この案に李厳は反対であったが奇襲は孫家の兵だけで行うという条件で認めたようじゃな。
まぁ孫策達にとっては福音じゃったろうな。もし予定通り守勢の戦いをするならば最近お家芸となりつつある間断なき矢の雨が降り続けるだけで接近戦や乱戦はない可能性が高い、あっても勝利が確定した残党狩りぐらいじゃろう。
それでは孫家の活躍する場面が全くないと危惧した結果、このような策を出したわけじゃな。
李厳としては短期に終わらせることができれば戦費が減り、失敗しても援軍として向かってきている楽進が到着するまで時間を稼げばいいだけなのでこの策に乗ったということらしい。
そして肝心の戦果じゃが、黄蓋が見事に厳白虎を討ち取ったようじゃな。そして孫策の悔しがる姿が目に浮かぶ。
ちなみになぜ孫策が厳白虎を討てなかったかというと、どうやら厳白虎だと思って討ったのが弟である厳輿だったらしい。つまり間違えてしまったわけじゃな。
少し可哀想と思わんでもない。
「しかしこれと昇進は別の話じゃがな」
「それに短期で済んだのは間違いありませんけど、兵の損害自体は結構出ちゃってますねー。大体は孫家の兵士ですけど……お見舞金はどうしますか?」
「以前出したんじゃし、今回も出してやるのじゃ。自業自得な部分があるとはいえ、短期で終わらせたという功績があるのも事実じゃからな」
これで揚州のほとんどは袁遺、もしくは吾の影響下に入ったわけじゃ。
まぁまだ山越などの異民族がおるから全てとは言いづらいが、これは明確な敵対行動をせぬ限り追々どうにかする程度で良いじゃろう。
「ふう、これで戦線が一つ減ったか。これで黄巾討伐と南荊州の支援ぐらいじゃな」
「その南荊州は劉表さんが武陵を放棄したことで大混乱のようですけどねー」
まさか本当に放棄するとはのぉ。
劉表よ、いくらなんでも無責任過ぎるじゃろ。