第七十二話
上は大岩、周りは大火事、中は地獄、それはなんでしょう。
正解は黄巾賊の本拠地。
外周にあった柵は袁術軍の投石と皇甫嵩軍の力押しにより粉砕された。
袁術連合軍は少しずつ進軍して投石による攻撃と弓矢、そしてたまに行われる騎馬隊による突撃で蹂躙していく。
皇甫嵩軍は投石の混乱と火計に気を取られたおかげで抵抗少なく柵を突破し、中央にある砦に向かって長槍と大盾を装備した歩兵が整列して前進する……俗にいうファランクスで黄巾賊をなぎ払い進み続ける。
朱儁軍は作戦通り手堅く柵の外から攻撃を続けるのみだが問題は袁紹軍だ。
皇甫嵩軍ほどの練度もなく、袁術軍ほど装備が充実しておらず——もっとも袁術軍の充実具合がおかしいのだが——数が多いだけの袁紹軍が本来の予定から外れて柵を超えた。
いくら五万という兵力があっても袁紹自身の護衛と輸送隊に二万近くが割かれているので実働戦力は三万程度であり、突入する段階はいいとしても奥に入るとなると敵が密集しているためかなりの苦戦が予想された。
だが、苦戦はしているが予想よりは善戦しているようだ。
その理由は——
「文ちゃん!」
「ああ、行くぜ斗詩!」
あぶない刑……じゃなくて二枚看板の奮戦にあった。
先陣を切り続ける二人のおかげで勢いが殺されず、相手に立て直させる隙を与えずに済んでいる。
実のところ袁紹と袁術が原作以上に縁があり、袁術が紀霊という人材を手に入れたことによって二人が紀霊から指南を受けれた。それゆえ、原作より二枚看板は強くなっていたりするのもプラス要因となった。
もっとも原作より強くなっているが他の原作武将に勝てるかと言われれば……ギリギリ馬岱と李典と于禁ぐらいだろう。ただしこの世界の李典、于禁は他の専門職となっているため実質馬岱のみと言えるが……相性の問題で文醜は怪しい。
ただし、袁紹軍の突入に良かったこともあった。
他の二軍と比べると進行が遅かった事によって冷静に対処しようとする者が多く、周りの味方を巻き込んで防衛にあたった。そのため進行が早い二軍に回す兵が減少して更に進行速度を早める結果となる。
そして袁術連合軍が外周の半ばまで来たところで曹操が動いた。
「春蘭!敵を叩き潰しなさい!」
「御意!」
夏侯家の暴れ猪こと夏侯惇先陣を切って突撃を開始、数は千五百と少ない兵数だが敵と接触すると相手が宙を舞う。
そのまま斬り進み、とうとう一人の将の首を上げることに成功する。
その姿を関羽が羨ましく眺めていた。
彼女は相も変わらず重騎馬隊を率いてあまり接近戦をせず、武人など無価値だと示すかのようにほぼ矢だけで敵を屠り続けている。
偶に突撃を行うが斬り結ぶような戦いではなく、ひたすら一方的に斬りつけるだけの蹂躙であり、武人である彼女を満足できないものだった。しかし、それと同時に自分を満足させるための戦いをしようとも思わなかった。
戦争を、個人のものとしてはならない。戦争を個人のものとしては悲劇しか待っていない。それを自覚しているのだ。
とは言っても自分の力が発揮できないというのは寂しいものであるのは確かだが。
その点、公孫賛は今の自分の戦果に満足していた。
本来なら将の首などを上げないと戦果と認められないなどという慣習があったが袁術連合軍に属した者は等しく戦果が認められると袁術の証文が出されている。
目立った将が少ない公孫賛は将を討ち取ることは難しく、騎射が主戦法であるため首を拾うなど更に難易度が上がる。
それならば多少褒美が目減りするかもしれないが恩があり財力も権力も権威もある袁術の後ろ盾を得て評価されるならいいか、と彼女は思っていた。さすが普通の人、凡人の域を出ない判断だ。
それに比べて曹操はかなり不満だった。
袁術の名を持って功績を讃えられる……などというのは彼女からすれば腹立たしいものだった。
彼女は袁術を下に見ているつもりはないが上に見ているつもりもない。友人としても立場的にも対等であるつもりだ。
それなのに自分が袁術から褒美をもらうような形になるのは不満を感じてもしかたない。
だからこそ、文聘を多少強引に急かしてでも戦功をあげようとしているのだ。決して彼女の性癖は関係……ない……はず……?
曹操が動いた理由は投石が砦の城壁まで届いたのを目にしたからだった。
まだ城壁に届いただけで突入できるほど破壊されているわけではないが距離も遠いため今のうちにある程度近づいておこうという判断だろう。
途中にあった堀も全て物量で埋め、妨害も物量で押さえることに成功した。
「……どうやら危機を脱したようですね」
そう呟いたのは文聘だった。
戦場は有利だというのに(貞操の)危機など笑えない状態を脱したことに安堵する。
他の方面の情報を伝える伝令から聞いた話では進行自体は皇甫嵩軍が早いようだが、城壁を超えるのは投石器がある以上袁術連合軍の方が早いだろう。
「しかし、油断はなりませんね。警戒を厳に」
油断できない理由、もちろん戦場で油断などしては命がいくつあっても足りないのだが、この場合は少し違う。
なにせ……主戦力となっている投石器が敵陣まで踏み込んでいるのだ。
本来なら外周を制圧を終えてから投石器を運び込む予定だったが、曹操の脅し?に屈して無理をした結果が制圧も終えていない敵陣に投石器というなんとも無謀な状況になってしまったのだ。
もちろん投石器に外を及ばさないように弾幕を張り続けているから被害はない。しかし万が一被害が出れば実害はそれほどないだろうが味方の士気は落ち、敵の士気が上がってしまう。
(この件は袁術様に抗議をしてもらいましょう)
無理をした責任を問われるかもしれないが、袁術と曹操が旧知の間柄だと知っていた彼女は全てを袁術に投げる計算であった。
曹操と共に行動することを決めた袁術に責任を押し付ける気であり、後にこれは成功する。
外周の戦いはほぼ終わりを告げ、新たな戦いが始まった。
外周にいた無事な黄巾賊は散り散りに逃亡、さすがに全てを討つというのは現実的ではなく、ある程度見逃した。
ただし、砦内の黄巾賊は精鋭であり、正規兵とも互角に渡り合えるぐらいの者が多い。
それに籠城であるため攻勢側が不利なのだが……投石器が途切れること無く投石を続けるため城壁はボロボロ、そして崩れたところで曹操軍が雪崩れ込む。
そして乱戦になると曹操軍はかなりの被害が出る。
夏侯惇が先陣を切って陣は崩せるが黄巾賊は今までの黄巾賊と違い、命と引き換えに特攻をしてくるため多くの兵が相打ち以上の被害が出た。
「なんなのだ。こいつらは!」
狂信的な戦いに夏侯惇は一瞬うろたえるのだった。
「最近、主人公の吾の出番がないのじゃ」
「仕方ありませんよー。お嬢様は戦場に出るタイプではありません」
「しかしじゃな。吾、いつもいつも書類書類蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜しか言っておらん気がするのじゃ」
「政治家なんてそんなものですって」
「いや、それはさすがに世の政治家に悪いじゃろ」
「ほら、最近も趣味とか家族旅行を経費で計上した政治家さんが……」
「なら問題ないか」
(美羽ちゃんの出番が無いので衝動的に書いてしまった。後悔はない)