第七十三話
砦とは言っても城壁の中はまだ広い空間がある。
それは黄巾賊達が無い知恵を絞り、自分達の長所である数の多さを活かすためにこの砦を選んだ理由だ。
「張角、張宝、張梁の三人の首をあげよ!褒美は想うがままだぞ」
夏侯惇が最近関羽にお熱中の曹操を振り向かせるという欲にまみれた威勢のよい言葉が響く。
本人は気づいてはいないが本能的に思った以上に敵が強く、味方の士気が下がり始めていることを察したからこそ出た言葉だ。そうでないなら彼女がこのようなことを思いはしても口走ることはない。
だが、問題はその声を聞いた曹操軍兵士よりも黄巾賊の士気を上げてしまう結果になることまでは気付かなかった。
砦の中に存在する黄巾賊はファンを通り越した親衛隊で構成されている。それは志だけでなく、実力も精鋭中の精鋭で数え役満姉妹がコンサートで勢いだけで言った大陸を取るという言葉をガチで実現しようと動く勇者(狂信者)なのだ。
そんな中で崇拝対象を討ち取るなどという言葉を聞いて平常でいられる彼らではない。
今こそ命を燃やす時、と言わんばかりに迷いのない動き、血走る目、必死の形相で今まで以上に粘り強さを見せ始める。
夏侯惇は相変わらず無双状態だし、近くにいる許緒も無双状態だ。しかし決死の黄巾賊に兵士が押され勢いが殺されてしまったため数の暴力に負けつつある。
つまり黄巾賊の狙いは間違っていなかったと言える。
「姉者!」
「おお、秋蘭!助かった!」
別の城壁の穴から突入した夏侯淵が率いる二千の兵達は夏侯惇達を抑えていた黄巾賊の横を突くように突撃して支援を始める。
唯一黄巾賊の想像できなかったことは……城壁を次々破壊し、自分達にも被害を出している投石器の存在だろう。
それのせいで城壁という崩れたとしても相手の攻勢を絞るという役割が果たせず、このような形で防衛ラインが崩壊してしまう。
そしてその影に隠れて黄巾賊と同じような服装をして潜り込む一団が……劉備軍だ。
彼女らは戦闘もせずに混乱に乗じて奥へ奥へと進む。
兵士の数が少なく、装備も貧弱、練度も最低という各軍の中で一番弱小である劉備軍。
そんな劉備軍だが将と軍師だけは一流揃いだった。このままでは何も残せないまま終わってしまうと考えた策がこれだ。
原作通りであったなら関羽がいるため軍の質も士気高かっただろうが、この世界だと同じ戦場にいながら別の軍である。
それに関羽が居た場合プライドの問題でこのような策を良しとするかは微妙なところだった。
しかし、今の主力は趙雲、張飛、そして軍師である諸葛亮と鳳統である……劉備は神輿のような存在なので戦闘では役に立たないためこの場合は除外する。
主力である二人は柔軟性を持つため、多少卑怯とも言える鳳統の策を採用されることとなり、今のところ成功しているようだ。
部隊の指揮をするのは趙雲、張飛は潜入が得意であるため先行して偵察要員となっている。
そのおかげで順調に進むが途中で難航することとなった。
所詮賊と軽く見ていたの趙雲達だったが、途中で思わぬ自体に遭遇した。
まさか戦闘中に検問のようなものがされているとは思いもしなかった。
会員証なるものを提出しないとこれ以上奥に行けないと言われ、足止めされたのである。
劉備軍は全体で二千、そのうち潜入しているのが千人、万が一ここでバレてしまうと命はないだろう。
そこで趙雲が一計を案じる。
近くで小火(ぼや)を起こしてそちらに気を取らせ、そのうちに何人か捕らえて始末し、会員証を奪い、趙雲と数名が潜入した。ちなみに張飛は単独で潜入することに成功している。
ただし、潜入したのはいいがいい加減多いとも言えない人数だったのに更に少人数になったため無理な行動を起こすのは難しく、何がしかのチャンスを待つしかなかった。
趙雲達が中心部に近づいている頃、一時間ほど遅れて皇甫嵩軍が砦内に突入した。
元々皇甫嵩軍が主攻であり、一番突破がしやすそうな城門に向けて攻めていた。……まぁ曹操が文聘に発破をかけたことによって大きく計画が狂ったのだが、それに兵が割かれたことで結果的には城門の突破も予定より早くすることができた。
「おや、あれは曹騰の孫娘か。なぜここにおるのだ?」
いくら名将とはいえ、なぜ自分より早く曹の文字入った旗が見えているのかわからなかったが……深く考えずに事実を受け入れ、次の行動に移す。
本来の計画にはないが目指すべきは変わらないと皇甫嵩軍は砦中心部へと進攻する。
もちろん黄巾賊はそれを阻もうとするが練度の高いファランクスに意思統一された精鋭とはいえバラバラに動く黄巾賊では歯がたたない。
皇甫嵩軍と曹操軍では違いがある。
皇甫嵩軍は攻防共に優れ、機動力は欠ける。それに対して曹操軍は機動力を持って精鋭とし、攻撃力も機動力に依存している部分があり、守備力に欠ける。
これは正式な官軍と太守の私兵という違いから来ているので仕方ない。
皇甫嵩軍への対処で中心部から兵士が駆り出され、砦内は本格的に混乱し始めた。
黄巾賊からすれば一日でここまで侵入されるとは思ってもおらず、上層部はかなり慌てていた。
そして当然、上層部ではある意見が出た。
数え役満姉妹を逃がすか否か、そもそも逃せるのかなど会議は紛糾した。
そんな上層部とは関係なく、数え役満姉妹はとっとと逃げる準備整えつつある。
元々大陸が本当に欲しかったわけでも、ましてや漢王朝を打倒しようなどという気もなかった彼女達は潮時だと感じ……いや、若干潮時を間違ったかという思いをしつつもかなり初期から共に行動してきた信頼できる側近に前もって逃走経路の確保をお願いしていたので逃げるのに迷いはないし、更に影武者まで用意する手際の良さに数え役満姉妹は側近を見直す。
そして、数え役満姉妹の逃亡が始まった。
それと入れ替わるように潜入していた趙雲達が上層部がいる会議室を奇襲して全員を討ち取ることに成功し、少し遅れて張飛が影武者達を討ち取った。
こうして黄巾の乱は幕を引いたのだった。