第七十六話
「洛陽もなんだか寂れてるわね。やっぱり今回の乱のせいかしら」
いや、黄巾の乱のせいではないぞ。
実は吾等が宦官から金を絞りとっておる影響なんじゃ。
次々と宦官に珍しい物を買わせておったらいつの間にか洛陽に居を構える商人達が瀕死
状態になっておるんじゃよ。
仕方ないので最近はよほど珍しい物でもない限りは商人達に卸すことにしておる。例え
ば翡翠はさすがに無理じゃが他の宝石類は全て商人達に卸しておるし、金銀細工なども同
じじゃな。
それでも利益率が落ちてしまうことから商人達もあまり豊かと言えなくなっておる……
と言うかもう洛陽の商人達の首根っこを吾等が押さえておるとも言える。
思わぬ形で思わぬ成果(?)が出ておるな。
その証拠に洛陽では商会券は貨幣と変わらぬ価値を持ち、本当に貨幣となりつつある。
漢の首都である洛陽の経済を握るって……既に天下統一の一歩手前ではないか、と思う
が気にしない。今の段階で経済を盾に上に登っても野蛮な暴力に訴えられるだけじゃから
な。
ま、これらのことを華琳ちゃんに教えるつもりはないがな。
ああ、ちなみに忘れておったが『商会』とよく言うが、これはまとめた言い方であって
実は二種類の商会が存在する。
一番使われておるの商会は、吾と魯粛が経営しておる表立って動く大商会のことで、も
う一つの商会とは気づかれぬように個人の名で商いをする者達じゃ。
前者は南陽を本拠地として揚州の北側、袁遺と吾等が自力で切り取った地や劉表のじじ
いに求めた孫堅の慰謝料として得た北荊州、涼州などで活動しておる。
そして後者は諜報機関の一種も兼ねておるから表向きは商会とは別の、至って普通の商
人を装っておる裏商会とも言える存在で、吾の勢力圏外である司隷、益州や南荊州、陳留
などがそれに当たる。
黄巾の乱の最中は勢力圏外では裏商会が食料を集めておったから……まぁ普通の商人か
らも購入しておったからおそらく発覚することはない……はずじゃ。
「これでは南陽の方が栄えてますねー」
「程立、迂闊なことを口走るな」
「そうでした。突然ですが私、程立中徳は程昱と改名することにしたんですよー」
おお、ついに程立改名イベントか?!しかしタイミングが早いのぉ。
「実はですね————」
以下省略、なのじゃ。
だって原作と変わらんからの。
「それで曹操様にお願いがあるのです」
あ、これはやばいやつじゃ?!
「何かしら」
「袁術様との雇用契約期間が切れてからということになりますが、是非私と郭嘉……友人
を仕官させていただけないでしょうか」
「あら、貴女のような有能な娘なら今すぐにでも歓迎するわよ」
「……袁術様」
吾の様子を伺う程立……じゃなかった程昱に頷いて応える。
「別に構わんが違約金は払ってもらうぞ」
本当はよろしくないのじゃが……違約金が払えるならば仕方ないのじゃ。
「それって当然私が立て替えることも可能よね」
「もちろんじゃ。ちなみに額は…………これぐらいかのぉ」
まぁ払えるならば、じゃぞ?
「……貴女、私を馬鹿にしているの?」
「いや、給金から計算したから間違いないぞ。計算式は残った契約期間である三年の給金
を合算し、それを五倍にした金額じゃ」
それを聞いた瞬間に華琳ちゃんの顔が引き攣ったのじゃ。
そらそうじゃろうなぁ、陳留一年分の税収以上の違約金など想像の範囲外じゃろう。
「細かく言うと五倍なのは緊急要件後半年間だけで、それを過ぎれば三倍に減るからそち
らの方がお得じゃな。」
「……ちょっと待ちなさい。ということは何、今の給金は……」
ああ、そちらにも驚いておったのか。
現状の華琳ちゃんがどう逆立ちしても払えん給金じゃからな。
しかし……
「程昱も郭嘉も別に金目当てでおぬしに仕えようと言うのではないのじゃから気にするこ
とではないのではないか、そもそも金目当てであるなら吾に仕えておる方がよほど稼げる
からの」
ギリッ、と華琳ちゃんの歯ぎしり音が聞こえて来たがあえてスルー。だって吾、事実し
か言っとらんもん。
空気が悪くなって周りの者がオロオロしておるが心配せんでもこの程度のことはいつも
のことじゃ。
「まぁ吾のところで稼いでおるからおそらく一生給金無しでも問題ないぞ。良かった——
痛い!痛いのじゃー!は、離し、てたも!」
「……」
ちょっ?!黙々と頭を押さえる手の力を強め——あっ、ミシミシって音が?!
「この度の働き、大儀である」
そう告げたのは帝……ではなく、当然宦官、十常侍のまとめ役である張譲じゃ。
そして長々と式辞を述べ、懐にある蜂蜜を取り出そうか悩み始めた頃、ようやく功績と
恩賞を発表される。
華琳ちゃん、公孫賛は予定通り州牧と幽州刺史を任じられた。
皇甫嵩の爺ちゃんと朱儁ばあちゃんは領地が増え、絹や宝石の財宝など随分安い(価値
観の相違が多々見受けられる)程度じゃ。
袁紹ざまぁも財宝が与えられたが……どうも吾の商会から流れている物が多いようじゃ
。
そしてメインディッシュがやってくる。
「劉備玄徳、黄巾賊の首謀者である張角、張宝、張梁を討ち取ったその功績、比類なきも
のである。武陵、零陵、桂陽、長沙四郡の太守に任ずる」
「え……あ、はい。ありがとうございます」
ふっふっふ、驚いておるようじゃな。
側に控えておる孔明も驚きのあまり顔色が悪いのぉ。
まぁそれも無理からぬ事じゃな。
表面上は四郡もまとめて任されるのは異例で特別な恩賞と言えなくもない。だが、その
四郡に今も黄巾賊が蔓延っておる。つまり自力で取り戻さねばならず、万が一これが遅れ
れば職務怠慢となり、罰せられることも視野に入れねばならない。
しかも取り戻せたとしても経済はガタガタ、そしてそれを立て直そうにも資金も物資も
足らぬじゃろう。
そして何よりも人材が足らぬじゃろ。知っておるぞ。吾も同じじゃからな。
フッハッハッハッハ、思う存分苦しむが良いぞ。
フッハッハッハッハ——
「袁術公路、この度の多大なる尽力、比類なし。荊州刺史に任ずる」
——ハッハ…………ハァ?何を言っておるのじゃ!
吾への恩賞は官職と蜂蜜であったはずじゃ!……あ、もしや吾への妨害か?!
劉表のじじいが州牧、吾が刺史、明らかに面倒事が起こるのじゃ。
くっ、なんという卑劣な奴らじゃ。
(本当のところは袁術が領地を変えたくない、中央にいないといけない官職につきたくな
い、金?いらん、財宝?それ吾のところから行ったもんじゃろ、という我が儘と褒美の無
力化によって道を塞がれての苦肉の策)
「……ははっ、ありがたく」
おっと声に殺気が乗ってしもうたぞ。宦官達の顔色が悪いが……まぁ自業自得じゃな。
憶えておれよ。