第七十七話
「それで?これはどういうことじゃ」
「いや、それがじゃな……」
ただいま十常侍の一人、宋典に荊州刺史の件について問い詰めておる最中じゃ。
実質漢王朝の主に等しい十常侍の一人ではあるがこやつは吾の手駒に等しい存在じゃ。
この宋典は最近、十常侍の張譲と趙忠に続く三番手となったんじゃが……もちろんそれは吾が支援してやったからじゃ。
これで納得がいかぬ理由なら今後一切支援せんぞ。
「おぬしが他の者に望んだ恩賞は妥当であり、特に問題なく決まった。しかしおぬし自身の恩賞だけが問題になったのじゃよ」
むっ、どういうことじゃ。
「考えてもみよ。おぬしが率いた曹操は州牧、公孫賛は刺史、劉備という恐れ多くも劉家を名乗る者は四郡を得た。ならばおぬしが褒美に物品や蜂蜜などで終わらせては面子が保てん」
むむむ、言われてみればそうじゃな。上の者が正しい報酬を受け取らねば下の者が受け取りづらくなるか。
「うむ、納得がいった。これからも支援を続けることを約束しよう……しかしまた仕事が増えるのぉ」
「袁術殿ほどの才覚であれば刺史程度どうということでもありますまい」
吾の言葉にホッとしたのか、表情が和らぎ、ゴマをするようなことを言ってくるが州牧が劉表のじじいでなかったら気にせず受け取るんじゃがな。
全く……頭が痛い、また厭味ったらしい使者が来るんじゃろうなぁ。
「それと……」
言い難そうにしておる様子から嫌な予感がするのじゃ。
「おぬしの軍をしばらく長安に詰めてもらいたい」
長安に軍を?
思い至るのは……羌族の侵攻じゃがそこまで劣勢なのじゃろうか。
「知っておるじゃろうが異民族の侵攻はまだ続いておる。馬騰や董卓も不甲斐ないため長安の駐留軍を動かすこととなったのじゃ」
ふむ、つまりもうそろそろ異民族の侵攻が終わりそうじゃから馬騰達だけに手柄を立てさせないために長安の官軍を動かす、ということじゃな。
こちらに来る前に聞いた情報では馬騰達は有利に戦いを進めておると聞いたからおそらく間違いないのじゃ。
しかし、なぜ吾なのか。皇甫嵩の爺ちゃんや朱儁ばあちゃんでいいじゃろうに……あ、もしや駐留の間の費用をこちらに押し付ける気か?!
……うん、この表情は間違いないな。
「ならば駐留中はおぬしへの支援金は無しじゃ」
「ちょっ?!そんな横暴な!」
いや、横暴なのはおぬしらじゃからな。
……む、もしやアレか、軍費をケチるのではなくて兵糧の確保に困っておるのか。
吾等が買い漁りし過ぎて穀物類の値段はかなり高騰しておる……というか穀物類がなく、休業に追い込まれる店も出てきておる。
宦官達が困るほどではないにしろ軍を養うには心許ないのは間違いないじゃろうな。まぁ一番の要因は南陽以南から流れるはずの物流がほとんど南陽で止めておるからなんじゃがな。
やはり南の方が暖かく、穀物類以外の食料供給量は多いからのぉ。
つまり、今回は間接的な食料買いということじゃ。
「仕方ないのぉ。恩賞は国宝あたりで良いぞ」
「謙虚さ無しじゃな」
だからおぬしらに言われてものぉ。
「では、乾杯なのじゃ!」
「「「乾杯っ!」」」
黄巾の乱が無事に終わった祝いの宴会じゃ。もちろん全ての費用は吾持ちじゃ。
しつこいようじゃが物価が上がっておってめっちゃ高く付きそうじゃ。
ちなみに明日からは朝廷主催の宴会が予定されておるが……参加するかどうか決めそこねておる。
長安に軍を出す伝令は既に出しておる。編成は大将孫権、副将呉景、孫賁で一万の予定じゃ。
戦闘はなかろうが孫権にはいい経験になるじゃろう。
「んー、今宵の蜂蜜酒は格別じゃのぉ」
「こんな時でも蜂蜜なのね。歪みないわね」
「当然じゃろ。吾の血は蜂蜜で出来ておるんじゃぞ」
「……完全には否定出来ないわね」
そこは否定するところじゃろ。さすがの吾も血が蜂蜜では死んでしまう。
「それにしても今回の乱は民が起こした乱の中では過去最大のものじゃろうな」
「そうね。間違いなく歴史に刻まれるわ」
「漢王朝の汚点として、じゃがな」
もっともこれから歴史を作る者にとっては始まりとして刻まれることじゃろう。
劉備は原作と違い過ぎる境遇であるからどうなるかはわからぬが華琳ちゃんは、これを契機に大きく羽ばたくじゃろう。
公孫賛は……うん、まぁ……頑張れ、負けるな。
袁紹ざまぁは……知らん。
「ちょっと、これを作った料理人を連れて来なさいっ!」
おっと、華琳ちゃんの味覚レーダーに反応あり!パターンレッド!避難警報発令!
せっかくの機会じゃ、劉備と話してみるかの。
公孫賛と並んで情報の少なく、しかも少し離れておるが荊州という同じ州に所属するのじゃから嫌いな相手とは言うても挨拶ぐらいせねばマナー違反じゃろ。
「……それにしても見事な食べっぷりじゃの」
「んぐんぐ?!んんんんーーーっ……ぷは、あ、挨拶が遅れました!義勇軍を率いています劉備玄徳といいます!」
なんで劉備が大食いキャラになっておるんじゃ?その巨乳に栄養が回っておるからか?
「うむ、知っておると思うが吾は袁術公路じゃ。これから同じ州に所属するもの同士、仲良くしようではないか!」
「もちろんです!」
「そちらが首謀者を討ったという者達か」
「はい。鈴々ちゃんと星ちゃんです」
「……いや、それは真名じゃろ?紹介するのに真名はまずいじゃろ」
「あっ?!」
全く、この世界の人間はなぜ斬り殺されても文句が言えないほどの名を日常的に使うのか……まぁ吾も七乃のことを日頃から真名で読んでおるが……吾は分別ある大人じゃからな!
「趙雲子龍です。以後お見知り置きを」
「鈴々は張飛翼徳なのだ!」
「……ん?確か劉表のじじいが手籠めにしようとして逃げ切れた者の名前がそのような名前じゃったような?」
それを聞いて二人は盛大に苦い虫でも噛み潰したかのような表情をする。
うむ、苦労したようじゃの。
おそらく醜聞を広めぬために暗殺者でも差し向けられたのじゃろうな。この二人相手では成功はないじゃろうが精神をすり減らし復讐という意味では効果はあったようじゃな。
「まぁそんなこと吾にとってはどうでも良いが……それにしてもおぬしら、なんでそんなに勢い良く食べておるんじゃ?逃げはせんぞ」
「そ、それがその……お金がないし食料に余裕がなくて……」
ん?華琳ちゃんから援助してもらっておらんのか?
「協力は乱の終わりまで、という約束だったのでしゅ!……うぅ、噛んじゃいました」
ああ、なるほど、吾の食料の買い占めで華琳ちゃんも余裕がなく、その皺寄せが劉備達に言ったわけか。
「それは大変じゃのぉ……そういえば太守の位はもらったが資金はもらっておらんのではないか?」
「はい……その通りでしゅ!あわわ、私も噛んじゃったよ朱里ちゃん」
……ところで吾、まだはわわあわわの二人の自己紹介を受けてないんじゃが。